(再掲)狂躁亭日乘・歴史考証的ムリバナシ201607140900 | おととひの世界

おととひの世界

リンクも何もなくただひたすらに綴る一人称の世界。
写真も絵もなく。ひたすらテキストのみ。


テーマ:
毛利元就・もうりもとなり
の先祖って誰かご存知?

政所とか評定衆とか
鎌倉幕府の職制を作った

もともと京都の
下級公家で官僚だった

   『  大江広元
(おおえのひろもと)』です

大江広元の出た大江氏
時代が下ってサムライ稼業を始めました

それが毛利氏です
ちなみに我が家

大江広元の先祖
京都にいた頃からの
ガードマンみたいな家人

もともと
別のところから
北面の武士賦役のために
京都にて

荘園のことで
人を置いていった

どうもその辺りから
付き合い始めたみたい
代々ガードマンを出していた

源頼朝から呼び出され
鎌倉に行った時も

うちの先祖が
のこのこついていた
それから時代がさらにくだり
こんどは
元寇の時代になった

もともと
瀬戸内から九州にかけて
土地勘があった家だったので

毛利元就の先祖が
戦功を立てるのに
役に立った

毛利元就ってのは
元々海賊大名

おそらくその
『海賊稼業』に
引っ張り込んだのが

我がご先祖様だろうと思います

東国の武将
西国に土地勘をつけたわけ

毛利氏は西に

もっとも
西に行かなかった
毛利さんもいた
神奈川の厚木とかのあたり

神奈川県の中央部です

今でも
『毛利さん』がいっぱい
あれは毛利一族の中の居残り組

西国旅立った
わずかな連中の末裔が
『毛利元就』なんです

てなわけで
うちのご先祖様
今お盆なんでこちらに
来ておられますけれども

毛利元就が
まだ10人ぐらいしか
子分がいない頃からの子分

そんなことなもので
陶晴賢を破って西国覇権を確立した

『  厳島・いつくしま  の戦い 』

我が家の先祖
一族郎党全員参加してます

歴史に詳しい方なら
ご存知だと思うけど
戦国時代の『3大奇襲作戦』の1つ

ところが
歴史に残っている話
つまり現在教科書とか
まともな資料に書かれている話と

我が家に
先祖代々伝えられている話
随分食い違っている

歴史上アレは
かなり派手な
斬り合いになったことに

厳島神社があるあたり
もう真っ赤になったぐらい
凄惨な大流血戦

大量の血糊で汚れた岩を
片付けることが大変だった
と言われてるぐらい

場所がばしょ
フカやってきたと思うよ
おびただしい死体は
サメがゼ~ンブ片付けてくれた

この話は大河ドラマでも
やってたんだ

たしかに夜襲・しかも奇襲戦
しかしちょっと違う戦い方

実は『大量の鉄砲』が
徹頭徹尾使われている

織田信長がやった『長篠の戦い』以前に
毛利元就は『大量の鉄砲』を使っていた
国産かどうかはわかりません

場所柄
毛利元就は自由貿易ができる立場
ポルトガルあたりから買った?

もっとも可能性があるのは
中国あたりで火縄銃のゾッキもの
大量に買った   というもの

『ゾッキもの』といっても
鉄の性能自体は日本製より全然いい
そっちの方が頼りになるんで

多分そんなトコロじゃないかな?

近いんだから
ちょっと足伸ばし買ってくれば済むこと

山陽山陰や九州の大名
日常的にやっていたこと
貿易制限も何にもない時代

幕末には
高杉晋作や大村益次郎
同じようなことをやってました

五百挺以上『火縄銃』が使われた
しかも夜間で雨


導火線
濡れてしまえばそれっきりです
しかし使ったとすれば

工夫をしていたことになりますよね
実際そうだったらしい

『斬新な戦法』というと
『織田信長』みたいなことばかり

新兵器を惜しみなく使う
これは西日本の戦い方
なにせ中国に近い

ここには特に
南蛮人来ているわけだ
なんだって入ってくる

新兵器が手にはいるのに
使わないバカはいない

『仁義なき戦い』というと『広島』
昔からそうなわけ

西の戦いは
「勝ったモン勝ち」
『ナンデモアリな戦争』やるのは
『新兵器楽市・西日本のやり方』

もう1つ言っとくと

毛利元就の『三本の矢』のたとえ

『身内で殺し合いはするなよ!』という意味

言い換えれば
身内以外では
殺し合いばっかりやってた

すっぱ・素っ破
(素っ破抜きの語源)
つまり暗殺部隊の忍を使った
暗殺毒殺です

毛利一族
恐怖の毒殺狂集団です

だから元就の代から残る譜代家臣
あまりないでしょ?

今安倍内閣にいる
林さんて人が家老だけどね
林家は 庄屋だけどご家老血筋もちょっと

ついでに 言っとくと
 現在の林さんまで 三代続けて東大だよ 
しかも 大蔵大臣が二人 

だから山口県の 名門主流派企業
全部『林ファミリー』なんだな 

ところが安倍晋三さんのところ 
じいさん岸信介が
東京大学法学部の超秀才
 お父さん安倍晋太郎さんも 
とりあえず東京大学

 だけど晋三さん
成蹊大学アーチェリー部だ 
アーチェリー部・ホケツ

将来性ありそうに見えたかい?
だからカネの事でちょっと苦労した
それで現在あるような騒ぎになった
まあそんなところだ

うちは宇和島藩に逃げて
そこで幕末を迎えている

奥州から
伊達政宗の妾腹(猫御前)の長男がきた

徳川家康の計らいで
家督相続の争いを避けるため

長男と次男の家を離したんですよ

これが『宇和島伊達藩』の始まり
幕末にケッコウ活躍することになります

伊達政宗
家督相続の争いが起こることを
恐れていたから

たいそうこれを家康に感謝した
徳川家康にしてみれば

伊達が反乱起こすのが一番コワイ
政宗に貸しを作って
おとなしくさせた

仙台から宇和島では
あまりにも土地勘がないでしょ?

隣近所藩から人を
半分スパイ込みで派遣したわけ

その1人が我が家の祖先
だから幕末は宇和島藩士で終わっている
ワタシの推測だけど

オソラクご先祖様は

長州に
このまま居たら危ない
と思ったんじゃないかね

平和時でも下克上
普通にあるところ
ボヤボヤしてたら殺されちまう

安倍総理は
苗字みたらわかるけど
東北の出身ですよ

アトから長州に来た
元々サムライではなく
庄屋から侍になった人

毛利譜代の家臣ではありません

あの時代にあって
長州藩自体がそういうところ
奨励している部分があった

『はぐくみの制』と言って

出身身分がどこであれ

どこかの武家のはぐくみといわれる
一種の予備養子になれば

家督財産権の相続はできなくても
『ニワカ武士』にはなれちゃう

幕末にはこういう奴が
いっぱいたんで
元々何だったのか?わからない

そういう『ニワカ武士』がいっぱいます


西日本ってのは
そういうところなんですよ

だから毛利元就
鉄砲に興味を持ってなかった
なんてことはけっしてありえない

かならず手に入れ
使ったはずです
どれくらいの量使われたのか
わからない

そこで比べられるのは

『長篠の戦い』

あれは千挺ニ千挺ではきかぬほど
大量に使用されたようなことが
書かれて

そこで時代考証家なんだけど
NHKの大河ドラマの考証
やってるような人

知り合いでいるんですけど

そんなにたくさんじゃ
ないんじゃないか?って
言うんですよね

かなり針小棒大に書かれている

言われてるよりは
多分小さいだろうと

いやこの時代の話
特に戦国時代は万事そうで
時代劇なんか見ていると

ものすごく
立派な鎧甲冑を着て
ものすごく立派な武器を使いながら
戦ってるようなこと書かれ

その人断言してるんだけど
あればほとんど
『時代劇用の嘘八百』だから
という

あの頃の歴史書

自分の功績を称えるため
わざと大袈裟に書かれている

ご褒美はたくさん欲しいから
それよりなにより

武器の原料になる
鉄自体がそんなに大量になかった

フビライが
チンギスハンの方針を改め
南宋を滅亡させました

あれが
鉄を手に入れるためだった
というのは
ジャレッド・ダイヤモンド本
なんかにも出てきます

中国人というのは
不思議な連中で

西ヨーロッパより数百年早く
とんでもないことを
発明していながら

後に伝えていない

当時すでにコークス製鉄をやっていた

コークスは
炭及び石炭を
乾溜したものです

マルコポーロは
『燃える石』について
盛んに記述している

当時の中国で盛んに
石炭が生産されていた

さらに掘り出された石炭で
石炭をカンリュウすることによって

より純度の高いカーボン
つまり『コークス』が得られ

これを使って
極めて純度の高い
性能の高い鉄を作ることに
成功していた

最盛期で
年間粗鋼生産量・100万トンに達した
大変な量ですよ

西ヨーロッパが
その水準に到達したのは
500年後、産業革命のころ

フビライハンは
これをおさえることに成功した

『元寇』はそのテストに使われたという

騎馬民族
ならではの戦い方を
鉄を大量に使った戦争に改めるための
テストケース

防具も武器も全部『鉄』
彼らはボーガン
弩・石弓を持っていた

しかも巨大な弩・いしゆみ
矢それ自体が鉄で出来ていたりした

元寇の最前線で
戦っていた侍たちは
これを見て驚嘆した

日本の侍が

戦争とは
すなわち
『鉄のパワーで決まるもの』であると
気がついた最初のキッカケが

『モンゴル襲来』だった

『対モンゴル戦争』は
『13世紀日本の産業革命』だったんです

それ以後いろんな形で
中国に探りを入れて

強力な鉄をどうやって作るか?
という技術を盗み出していた

それが後の戦国時代に
繋がっていた

それ以後
極端に戦争が増えたのは
鉄が大量に増えたということ
『戦国時代』とはその結果です

これは
ヨーロッパやロシアでも
そうだったんですよ

モンゴル以後
イスラム世界が
オスマントルコだけになっちゃった

あそこは森がないから
大量に鉄を量産するということが
できなかったんです

だからオスマントルコは
森があるところ侵略しようとした
特に東ヨーロッパ深い森だらけですから

チンギス・ハーンの時代以後の世界は
『鉄の時代』なんですよ

製鉄は
農業生産以上に『大量の淡水』が必要
粗鋼生産1トンあたり100 トン

これ覚えといてくださいね!

製鉄産業には
大量の川の水がいるんです
海水は使えません

日本は
それがあったから
工業大国になれたんですよ
日本は資源がない国でも何でもありません

水資源は最初からありましたからね
それを売り払うという現在の政府
いかに愚かかということね

中国もそれがあった
ところがヨーロッパはそうじゃありません
最初に列強として躍り出たのは
スペインとポルトガルでしたが

イベリア半島には
ろくな水がありません
だから大国として残らなかったでしょ?
能力の問題じゃないんですよ

人間はまず生きていくために水が必要
その次に農業生産のために水が必要です

さらに水が余っている国
となるとヨーロッパではかなり限られる
パリは川の真ん中にある町
というより氾濫原の真ん中 ですけど
それでも上水道確保に苦労していたんで

一人当たりの浄水使用可能量も
現在の日本の半分ぐらい
そういう時期が長かった

すると風呂にも入りにくいし
シャワー程度で
肉をよく食べるから
体臭の問題が出てくる

それをごまかすために
香水産業が発達します
そういうことなんですよね

知り合いのドイツ人
フランス人は不潔だと
よく悪口言ってましたけど
ドイツ人は異常に潔癖症の人が多いからさ

基本あまり大量に
水を使わない文化であったのは
確かなんだよね

使えないからそうなった
古代ローマ帝国市民の方が
たくさん使っていた

おしゃれ作曲家の代表
エリック・サティだけど
風呂を憎んで18才以後
死ぬまで風呂に入らなかったんだって

軽石でこすって水で流すだけ
汚いやつだねェ~!
俺そんな話聞くとゾッとするわ

ヨーロッパの河川は
ほとんどが国際河川

勝手に使うことができないんだよね 
中部 ヨーロッパは全部そうでしょ?
だから水で苦労してない国はない

どこだって工業生産に
ガンガン使える水は欲しいよ

ところが広い平原の国土を持ち
真ん中を大河が流れている国が一つ

『ポーランド』だ
真ん中をヴィスワ川が流れていて
国境をまたいでいない
水源地で多少ひっかかるぐらいだ

だから近世から
『鉄の時代』が始まると
プロイセンドイツ対ロシアの
奪い合いになったんだよ

おまけにポーランドには炭田があり
その場でコークス生産をすることができた
しかも水が大量にある
遠慮なく使える

ポーランドを征服した国は
数千万トン製鉄量が増える
大国になりたいという野心がある国
ほっとくわけないだろ?

『粗鋼生産潜在能力・年間1億トン』が
超大国への分かれ道だ
だからポーランドは狙われたんだ

この事情に最初に気づいたのは
日本では西日本の大名だった

しかし西日本
山が荒れています
もともと高い深山がない
特に山陽山陰

古代から
『たたら製鉄』をやっている

燃料に
木を切り出しているから
随分ハゲ山が多かったし
風水害も多発していた

それをうまくやったところが覇者に

それが最初は毛利元就
それを全国でやったのが徳川家康だ
『関ヶ原の戦い』の多数派工作で
徳川家康がギリギリ勝てたのは

船やら城やらを作るのに
大量に木を切りすぎた戦国時代を
ぼちぼち終わらせてくれないと

西日本が
やって行けなかったからだ
石田三成は秀吉路線を
継承するつもりでいたからね

石田三成が生意気だったから負けた
というより誰がやっても
そうなっただろう

左様に鉄というのは当時貴重品
しかも山も川も荒らす
そういう工業製品だった

簡単に手に入らない
年がら年中戦争やっている
わけではない

農業社会である限り
そもそもそれはできなかった

それをやりだしたのは
常備軍を備えた織田信長以後の話
他の所はほとんど

百姓兵隊なわけだから
農作業の農具の製造に

大量の鉄が必要でした

武器に回せる鉄、わずかしか
なかったんですよ

そうするとどうしたって
殺せる人数もたかがしれてるから

戦争はホドホドのところで
チャンチャンになるんです
それ以上のことができるとなれば
大金がかかります

武器以前に
鉄が貴重品だったから
どうしても大金がかかるんです

お百姓さんからの年貢だけで
そんなものは買えません

結局
他の商売をやっていなければ

毛利元就の場合は
それが海賊だったり
貿易だったりした

武田信玄や伊達政宗の場合
金鉱脈・金山です

上杉謙信がいたところ
とても貧乏なところです

新潟は現在でこそ
米どころだけど
当時は大変貧しかった

川の下流域でしょ?

中流域で栄養が落ちるわけです
あの辺り長野県側です
だから米の生産量はそっちが多いから

そこの奪い合いになって
大戦争ばかりやっていたですよね
武田戦争・川中島の戦いがそうですね

織田信長はまず
楽市楽座の間接税で儲けた
当時百姓の兵隊でなければ
役に立たないと思われていた

日本てのは
現在の財務省官僚まで含め
全て直接税主義

たまに平清盛とが織田信長
田沼意次みたいな
『間接税重視主義リーダー』が出る

信長の時代は高度成長期だったんで
それが図に当たった

年貢を取るよりも
儲かったんだよ

そのちからが全部
最新の常備軍軍事力増強に
回せたわけだね


現在のサラリーマン社会に
似てるんだけどさ
あの時代

農民兵は
地元に帰れば隣近所の
知り合いのお百姓さんでしょ?

あいつ
働きが悪かったと悪口を言われる
一生懸命働くわけです

徳川家康の三河武士団
典型的にそうでした

数こそ少ないけど
ものすごく強かった

何度も織田信長を
絶体絶命の窮地から救っています

浅井朝倉を破った
姉川の戦い

織田軍は
30段構えで構えていた
鉄壁の防御のはず

なのに
20段以上破られている
あの時横から

徳川家康の
三河武士団が攻めてこなければ
織田信長はあそこで
殺されていたかもしれない

そのくらい
織田信長の軍隊は弱かったのはなぜか?

ほぼ全員
『アルバイター・フリーターだったから』

潤沢な資金にモノ言わせ雇われた兵隊
つまり『傭兵』です

『傭兵』といっても
プロもいるだろうけど
クズも大勢います
しょっちゅう逃げ出します

その人員補充もすべて
お金の力です

そんな兵隊で何が良かったのか?

農民兵
田植えと収穫の時期
いわゆる田んぼで忙しい時期は働けない

どこの国だって
田植えと稲刈りは大事でしょ?

だからその時期は戦争はやらない
っていう不文律があった

仮にあったとしても
取引をして死者を決める

それも出たのかどうか
わからないような戦死者の数

あくまでメンズの足し引き計算をやってた
お互いのメンツのためにね

だが織田信長は違った
彼は『常備軍』を考えていた
兵農分離の始まりです

カネで雇われた
フリーター常備軍の利点

年中無休セブンイレブン
戦争ができることです
農民兵では絶対にできない

仁義なき戦いを24時間年中無休

もうイイ加減国境付近の農民から
寝返ってくる

仕事にならんから
寝返るわけです
信長の戦いは大体がそうですよね

結局経済政策が正しくて
カネがあったからできた

ちょっと
毛利元就も似た所がある
いろんなことをやって
大層なカネをこしらえていた

それを極秘裡に
大量の鉄砲に変えた
ここぞとばかりに使った

一夜で大勢を決してしまった
そのあたりは見事ですよ

でもそんな
ダーティな新兵器を使ったこと

あまり名誉にならないから
歴史から消されている

歴史考証派の話は
面白いから続けようかと思ってますが

彼らは一致して
戦国時代の話
話半分以下に聞いたほうがいいと

実際
あれほどの大戦争
頻繁にできるはずがないんだから

戦おうたって
鉄が簡単に手に入らないんだから
戦いようがないんですよ

だから名前が残っている
戦国の覇者っての

別の方法で戦っていたことに
なります

ぼちぼち大河ドラマも
その方向に切り替えた方がいい
と彼らは言っていますけどね

歴史ってのはそれなり
蓋然性があるもの

きちんとわかっていれば
謀略史観にはまることもないんで

一定のプログラムに従って動くとか
あれは大体
後知恵で考えたものです

少し考えればわかることなんだけどね

karajanopoulos1908さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス