自分にレッテルを貼るのは自分自身 | GREENS ひさよのブログ

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京王線明大前駅より徒歩3分!!ジャイロトニックのセッションスペース『GREENS』のブログです♪

自分にレッテルを張っていたのは自分自身だった、というのを再認識させる出来事を体験しました。

他人がどうのこうのではない。

他人の言葉を受け入れるのは自分。
他人が言ったことで傷ついたりするのなら、それは自分自身がそう思っているのが明らかになっただけに他ならない。

思ってないなら、

違いますよ。以上。

これで終わりだもん。

どこかにその通りかもしれないという思いが隠れていて、それを誤魔化そうと頑張っているのに痛いところ突かれるから怒ってみたり、そう思っていたところにとどめを刺されるから傷ついてみたり。

誰かに怒りをぶつけたり、傷つけられたと被害者になる事はいくらでも出来るけど、そこからもう一つ丁寧になろう♡そう思いました。

自分が受け入れていないものには何の怒りも悲しみも罪悪感もわかない。
結局は、自分がどう思っているかにかかっている。
そこまで落とし込める丁寧さを常に持っていたいなぁ。


自分にレッテルを貼ってぐるぐるに縛りつけていたのは、他の誰でもなく自分なのだなぁという事がここまでクリアになると逆にスッキリだわ😁

結局は自分の中に作り上げた他人像との関係だった。それがエゴなのか?などとも思う。

だけど、もとを辿ればエゴだって自分を守ろうと思って信念を作り上げていっただけ。もうそこから成長してるのに、昔の信念を手放さないからがんじがらめになるんだね。

自分が成長したなら、その古くなった信念から卒業しよう。
小学校を卒業して中学校に入学するように。

大人になったって、どんどん魂の成長は進んでいるのに、分かりやすい卒業式みたいなものがないから、手放すタイミングを失っているだけなのかもしれない。

だからあえて、たまには自分で卒業のタイミングを作ってあげよう。
それは、なんだか上手くいかなくなった時。そこが卒業式のお知らせだよ!

エゴを手放すのが怖いのは、まさに小学生から中学生に上がるときの不安と似ているかもしれませんね。
子供の時は有無を言わさず進級しなきゃいけないけど、大人になると進級しない事を選べちゃう、そうするとなんだか噛み合わなくなってくるのですよね。

だって、小学生の中に中学生が、いや下手したら社会人がいるみたいな事になっちゃう。
噛み合わなくて当然です😆

そんな事を考えてた日曜日😁
暇人?

京王線明大前GREENSでは、ジャイロキネシス®︎とジャイロトニック®︎というエクササイズを提供しています。

自分の姿勢や動き方を変えていく時もそういう不安が出るんです。
けどやっぱり動き方を変えた先には、「今まで何だったの?」ってくらいのリラックスと快適さを体験します。

是非やってみて下さいね😊

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