~第4章~ 「密談」
<2970年>
廃墟と化した東京タワー遺跡を、「東京タワー」と呼ぶ人はいなくなった。
グニャグニャに折れ曲がった鉄骨のかたまりに、
ギザギザのアンテナが100本不規則に刺さった得体の知れない物体。
人々は新しい名前をつけることもいやがり、ただ「物体」と呼んだ。
900年間続いた文化遺産は、固有名詞のない、ただの「物体」となった。
「東京タワー遺跡保存会」の名称も変わった。
保存会メンバーの意向により、「物体保存会」という意味不明の名称に変わり、
「会長」という役職も、持ち回り制という理由で、「当番」に変わった。
「物体保存会 当番 森田添削」
という名刺がつくられたものの、誰も来ない廃墟の小屋で、毎日テレビを見ながら柿の種を食べて過ごす森田当番には、名刺を渡す機会もなかった。
しばらくして、森田当番は、
「そうだ、東京タワーを復元すれば、会長に復帰できる」
と気がついた。
そう思った森田当番は、第2章でテレビ番組の途中でいなくなった、白い巨塔タワー付属大学の財前六三郎教授を訪ね、協力を要請したのである。
しかし財前教授は難色を示し、森田の名刺を老眼鏡越しに見ながら言った。
財前
ご要望は分かりました。
だけどね、森田番頭さん。
あっ、番頭じゃなくて、ただの当番でしたね。
森田
なんか、イヤな言い方だなあ。
財前
まあ、あなたはどっちにしろ大した役職じゃないからいいけど、危ないのは私の役職だよ。
森田
いまのは、もっとイヤな言い方だよ。
財前
以前、テレビで宇宙人説を唱えて以来、大学内で、私にだれも「御意(ぎょい)!」と言わなくなってしまってね。
森田
ふつう、言わないでしょう。
あんたが世間知らずなだけだって。
財前
次回の教授会で、私の不信任案が出て、次の教授を決める動きがあるそうだ。
森田
当たり前だよ。
宇宙人がアンテナを曲げたなんて、子供だって言わないよ。
財前
だって、大学の先生方に私の見解を話したら、みんな「御意!」って言ってたんだよ。
私一人のせいにするのはおかしいだろう。
森田
真に受けるあんたが悪い。
財前
あんただって、「日本のウォルト・ディズニー」というマスコミのお世辞を真に受けただろ。
財前と森田の言い争いはしばらく続いたが、そのうち、一つに意見が一致した。
財前
もとはと言えば、あの山田次郎とかいうやつが悪い!
森田
そのとおりだ!
100年前、東京タワー遺跡保存会の山田次郎会長が、Q太郎のプログラムチップを差し替えれてさえいれば、こんなことにはならなかったんだ。
機械音痴なのにプライドだけ高いから、誰にも相談しないでQ太郎を違法投棄したんだろう。
意見が一致した二人は、境遇が似ているだけに、共通点が見つかると、仲良くなるのも早い。
財前教授の部屋にあった高級ウィスキーを飲みながら意気投合した。
しばらくして、財前教授が酔った勢いで言った。
財前
俺に名案が浮かんだ!
森田
おう、聞こうじゃないか!
財前
まだ発表されていないんだが、うちの大学の研究チームが、タイムマシンを開発した。
それを使って「鉄人あずさ28号」を、2870年に送り込もう!
森田
で、どうするんだ?
財前
鉄人あずさ28号に、Q太郎のプログラムチップを入れ替えさせればいい。
そうすれば何も起こらないから、俺も教授のままでいられるし、あんたも会長のままでいられる。
東京タワーも無事というわけだ。
どうだね。
森田
それは御意(ぎょい)だあ!
財前
ただ問題がある。
森田
問題とは?
財前
鉄人あずさ28号の存在を、100年前の人たちに知られたら、それが歴史に残るから、俺たちが発表前のタイムマシンを勝手に使ったことがバレる。
そうなれば、教授はクビ、あんたも同罪だよ。
森田
それはまずいな。
だったらこうすればいい。
鉄人あずさ28号はチップを渡すだけ、山田会長にチップを差し替えてもらったらいい。
そうすれば鉄人あずさ28号は、世間に知られずに済む。
財前
じゃあ、そうしよう。
念のために、タイムマシン電話で、山田会長に前もって連絡をしておこう。
財前教授と森田会長は、タイムマシンが置かれている研究室に行った。
その研究室には、丸いタイムマシンと、ロボットが何体かあり、その中に、鉄人あずさ28号もあった。
財前教授は、タイムマシンに取り付けられたタイムマシン電話で、100年前(2870年)の山田会長に電話をした。
プルルーッ、プルルーッ、プルルーッ・・・
電話のベルが10回鳴ったところで、男の無愛想な声が受話器から聞こえた。
山田
はい、山田です。
財前
白い巨塔の財前ですが。
山田
白い巨峰のぜんざい?
まずそうだからいらないよ。ほかを当たってくれ。
財前
俺は白い巨塔大学教授の財前六三郎だ!
俺を知らないのか!
酒の勢いで、財前教授は大声になった。
森田当番は、「私が代わろう」と言って、財前の手から受話器を取った。
森田
ああ、もしもし、失礼しました。
私はですね、あなたの8代後に会長になった森田添削といいます。
実は2970年の未来から電話をかけています。
近々、東京タワーのアンテナを折るようにプログラムされたQ太郎ロボットが、東京タワーに来ます。
その阻止をあなたにお願いしたい。
やることは簡単です。
私たちはこれから、「鉄人あずさ28号」というロボットをタイムマシンでそちらに送り込み、Q太郎のチップをあなたに渡すから、Q太郎の頭の後ろにあるチップを抜いて、新しいチップに交換していただきたい。
それだけやってもらえればOKです。
山田
はあ?
機械音痴の山田次郎会長に、タイムマシンの話は高度過ぎたが、森田当番は時間をかけて丁寧に話し、なんとか状況だけは理解してもらうことができた。
しかし、機械音痴の山田にとっては面倒な仕事であることに変わりはない。
そんなやっかいなものは、釣り仲間に頼んで無人島に捨ててもらった方が、山田にとっては、楽だった。
山田会長は、余計なことをして機械音痴を人に知られることを何よりも恐れた。
山田
事情は分かった。
東京タワーのアンテナを折られる前に対処するよ。
でもね、Q太郎の「チップ」とかいうやつを取り替えるなんて面倒なことはいやだ。
釣り仲間に頼めば無人島に捨ててもらえるからね。
と、森田たちの要求を拒否した。
自分の時代にアンテナを折られることがなければ、山田自身は困らない。
山田らしい考え方だった。
それを知った財前教授は怒った。
森田の手から受話器をうばい、電話を代わった。
教授戦をくぐりぬけてきた財前教授の駆け引きは、酔っていても健在だった。
財前
あんたは、私のことを知らないかもしれないが、この時代の人はみんな、あんたのことを知っているよ。
無残な形になった東京タワーの下に石碑があってね、そこにあんたの名前が刻んであるんだ。
「人類史上最大の機械音痴 山田次郎の悪行によって破壊された文化遺産」
ってね。
小学校の先生も、勉強嫌いな子供によく言っているよ。
「山田会長のような機械音痴にならないように、しっかりと勉強するんですよ」
ってね。
そうすると子供たちは、「山田会長のような機械音痴になりたくない!」と、一生懸命に勉強するんだよ。
あなたは反面教師として子供の教育に貢献してくれているから、別に困っているわけでない。それならそれで、私は構わないんだよ」
山田
おい、ちょっと待ってくれ。それは本当か?
財前
ウソを言ってどうする。
私たちは、自分のために、あなたに頼んでいるわけじゃないんだよ。
森田さんは、東京タワーを復元させたいという純粋な気持ちなんだ。
私はね、「人類史上最大の機械音痴」だとあなたを馬鹿にし、あなたを人間扱いすらしない、そんな現代教育のあり方を変えたい、そういう教育者としての正義感から、あなたに頼んでいるんだよ。
宇宙人発言をした人間とは思えない卓越した交渉力で、山田会長をいとも簡単に説得した。
その脅しとだましの手腕は、詐欺師と言ってよかった。
しかしこれで、森田、財前、山田の3人はWIN・WIN・WINの関係になった。
財前教授は、さっそく研究室に置いてある「鉄人あずさ28号」に、指示内容をプログラムし終えると、タイムマシンの操作に取りかかった。
タイムマシンの操作は簡単である。
1番目に、送る場所を設定する。
東京タワー保存委員会の山田会長の部屋を、緯度と経度でセットした。
2番目に、送る先の年月日と時刻を設定する。
100年前にQ太郎が現れる前日、2870年4月28日午前10時にセットをした。
3番目に、送る元の場所を設定する。
つまり現在、この研究室の、鉄人あずさ28号が置いてある地点の緯度と経度をセットした。
4番目に、送る元の年月日と時刻を設定する。
つまり財前と森田がいる現在、2970年11月25日、午後8時をセットする。
しかし、最後の4番目のセットを始めようとしたとき、財前教授が、どうでもいい妄想を話し始めた。
財前
森田さんよ。
今回のことって、映画のターミネーターに似てないか?
森田
そう言えばそうだな。
鉄人あずさ28号の性能は、ターミネーターに匹敵するからなあ。
そのロボットが歴史を変えるとなれば、たしかにターミネーターに似ているなあ。
ターミネーターは1984年に第1作目が製作されて以来、「男はつらいよ」をはるかに超える、超ロングセラーとなり、約1000年間続いている。
この2970年の新作は、550作目を数えた。
だが、550作にもなると、話のネタはとっくに尽きていた。
しかし、人気があるためにやめられず、いろいろなタイトルが生まれた。
「ターミネータ対ランボー」
「ターミネーターの青春」
「ターミネーター珍道中」
など、あまりにも多すぎて、制作側も把握しきれず、同じタイトルがつくこともあった。
それでもネタ切れとなり、最後は、ターミネーターに2体のロボットがお付き役として登場し、ラストシーンでは、印籠をもって解決をする、というワンパターンのストーリーになっていた。
最後は印籠で解決される安心感から、1000年経った今でも、根強い人気を保っていた。
財前教授もターミネーターファンの一人で、妄想が浮かんでしまったのだ。
財前
森田さんよ。
鉄人あずさ28号を100年前に送り込んだらどうなると思う?
ターミネーターの映画製作会社は、ネタを欲しがっているだろう。
山田会長は、このストーリーを映画会社に売って儲けるかも知れないぞ。
森田
機械音痴の山田会長が、ターミネーターなんか興味あるわけないって。
財前
そう言えばそうだな。
山田会長だって、俺たちのことを人に話したら、自分の立場も悪くなることぐらいは、分かっているだろうからな。
まあ、山田会長が多少儲けるくらいは目をつぶるか。
と言って、最後の操作に入ろうとしたその時、巡回する警備員のカン高い足音が聞こえた。
財前
まずい!
ここにいるのが見つかったらやっかいだ!
慌てた財前教授は、近くのロボットに続きの操作を急いで指示し、森田といっしょに走って研究室から逃げた。
ロボットに指示した続きの操作とは、鉄人あずさ28号の送り元である現在時刻、
2970年11月25日 午後8時をセットすることである。
突然指示されたロボットのAI回路に、緊張が走った。
なぜなら、そのロボットは、人から指示されたことが今まで一度もなかったからである。
「丁半太郎」の指が、スイッチに向かって震えながら動き始めた。