~ 第3章 「巨大な物体」 ~
<2970年>
その後、たびたびQ太郎は、東京タワー遺跡に現れた。
朝のニュース番組で女性アナウンサーが、
「AIの計算によると、Q太郎は10日に1度出現することが分かりました」
と、AIが計算するまでもないことを、寝グセを気にしながら話していた。
その日がちょうど10日目だった。
Q太郎がまた、アナウンサーの後ろの大画面に現れた。
Q太郎は、曲げる場所が少なくなったアンテナを前にして、迷っているようだった。
すると、地上から一人の男性がQ太郎に向かって大声で叫んだ。
「ガンバレQ太郎!」
すると、あちらこちらで声があがった。
「ガンバレ、応援してるぞ!」
「もっと上に行けば曲げられるところがあるわよ!」
と、ナビゲーター役を買って出る女性まで現れた。
Q太郎の、まじめにコツコツ仕事(?)する姿に、多くの人たちが感動していたのだ。
それからというものは、Q太郎が現れる日になると、東京タワーの周辺は、老若男女を問わず、多くの人たちが集まるようになった。
Q太郎が登場すると、誰かが作曲したテーマソングが流れ、歓声があがった。
「キャー、ガンバッて!」
「いよーっ、待ってました!」
「こっち向いて!」
「成田屋!」
さまざまな掛け声がとびかった。
100年前、Q太郎は市民の道案内のロボットだったので、愛想はけっして悪くない。
Q太郎は、声をかけてくれた人、ひとりひとりに手をふった。
そのまじめな応対がますます人々の心をつかみ、東京タワー遺跡は日本一の観光名所となった。
すると、第一章で登場した、50%の確率で失敗する家庭用ロボット「丁半太郎」も、Q太郎のマネをして、数多く東京タワーに集結し、われ先にと、上りはじめたのだ。
「丁半太郎」の存在価値は、ゆるキャラとしてかわいがられることにある。
人気がQ太郎にうばわれれば、その存在価値がなくなってしまう。
「丁半太郎」の自己防衛本能が働いた。
Q太郎の人気にあやかろうと、AI回路がはたらいたのである。
東京タワー全体が、Q太郎と、数多くの丁半太郎でひしめきあっていた。
本来なら、東京タワー遺跡保存会の森田添削会長は、遺跡を保存するために、このことを問題視すべきだった。
しかし、東京タワーの人気で、森田会長は毎日のようにテレビに出演し、トキの人となっていた。
東京タワー遺跡保存会は民間の慈善団体で、森田会長は順番でつとめる持ち回り制の会長に過ぎない。
しかしマスコミは森田会長を、
「新しいテーマパークを創った、日本のウォルト・ディズニー」
と持ち上げた。
お世辞を真に受けた森田会長は、英雄気取りとなって、さらに暴走した。
なんと森田会長は、Q太郎と丁半太郎のために、役に立たないアンテナを100本増設したのだ。
東京タワーはハリネズミのようになってしまった。
それに加えて「丁半太郎」は50%の確率で失敗するので、
アンテナ以外のところを曲げたり、穴を開けたり、
東京タワー全体がクネクネと曲がり、ほとんどその原型をとどめていなかった。
するとある日、人気アイドルが、東京タワーを遠くから撮影した動画をSNSで配信し、
「なんか、きもちわる~い!」というコメントをそえた。
東京タワーを遠くから見ると、異様な形をした物体に、
ウジ虫がウヨウヨたかっているようにしか見えない。
それをきっかけに、あらゆるメディアでその映像が流れた。
するとアッという間に、東京タワーの周りに誰も集まらなくなった。
人が集まらなくなれば、「丁半太郎」の防衛本能は解除されて来なくなり、
東京タワー遺跡は、Q太郎だけが10日に1回来ては、アンテナを一箇所折り曲げて帰るだけの、ただの廃墟と化したのである。
東京タワー遺跡も、その原型が分からないほど変形したら、もはや遺跡ではない。
誰も来ない廃墟の上に建つ、アンテナだらけの得体のしれない巨大な物体が、夕日を浴びて光っていた。