濁れる水の流れつつ澄む 種田山頭火
昨夜テレビで、山頭火という俳人の特集をやっていました。以前から興味のある俳人でしたが、殆ど忘れかけていて、この番組を偶然目にして久々に思い出す事になりました。
彼は生涯、定住と放浪を繰り返していて、その理由が彼の「身体」と「心」のバランスを保つ為だったと知り、妙に納得しました。放浪に身体が疲れ果て放浪する事が不可能になると定住し、しばらくして体調を取り戻すと、今度は心が放浪に駆り立てられる。彼ほど極端では無いにしても、私も似ていると感じました。心と身体のバランスをとりつつ常に動く事が出来れば良いのかも知れませんが、もしそうだとしたら、彼の残した数々の素晴らしい句は生まれなかったでしょう。人生掛けて、詠まずには居られなかった句なのでしょう。
常に流れる事に疲れる事もあるから、矢張り少しの休息は必要だけど、でも私も流れ続けたいと思います。濁ることが嫌なので流れ続けたいと思います。岩に砕かれ滝壷に落ち、時には光と戯れ散る花を愛で、雨や風と会話して、土や枯葉の恵みを蓄えつつ、いつか大海の懐に流れ着く時まで流れ続けたいと思います。
