「半分、青い」の「半分、感想」未完

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10月12日(金)丁丑・二黒・赤口・たいら・婁・D/1886 K1ブルックス彗星が近日点を通過(周期6.7年)・月が木星の北04°06′を通る・カシオペヤ座RZ星が極小

10月13日(土)戊寅・和歌山竃山神社例祭・日蓮上人忌嵐雪忌・一白・先勝・さだん・胃・小つち・準惑星ケレスが合・P/2005 J1マクノート彗星が近日点を通過(周期6.7年)・ペルセウス座β星アルゴルが極小



朝ドラが始まり、朝ドラが終わり。


終わりを設けても、人生は、そう簡単には終わらないので、また一話から、


お付き合いをしていく、朝の体操(のようなルーチンワーク)と、感情、感覚の疑似体験


朝ドラとは、すでに、一つの様式美のようになった枠かと思います。


「半分、青い」が終わり、ロス気味な人と、

記憶の風化した人、

二人の付き合い方に納得がいかない人。


それぞれが、頭の中で考えることが、推敲と同じで、作品をより深めていく儀式かと思いますが、作者一人では、難しい作業でしょう、例えば、単体で観ると、とても面白く、ここ数作の朝ドラの中では、斬新ですが、


トータルで考えると、結構、似たような点や、他の作家の工夫や、アイデアは、こういう場面では、もっと、凝っていたとか、お茶の間のシーンが多いだけに、


その場を前に、多くの会話やシチュエーションは、多々、過去の書き手が、残していますし、それと比較すると、いえ、比較していき、最高の朝ドラを作ろうというような人が、現れてきてほしいですが、

朝ドラ研究家が、隣にいないと、難しいことですね。


 

さて、さわやかで明るいヒロインが、やっと返ってきた「半分、青い」でしたが、個人的に、相性がよく、いいドラマでした。ざっくりとは、そうでしたが、


客観的な視点、朝ドラの総論の視点では、もっとこうした方が、よかったという点は、残ります。


もちろん、完成されたドラマなどはないために、誰もがそう思うのは当然でしょうが。


朝ドラを、盛り上げるために必要なソースは、


まず、基地の数。(それぞれの職場や、趣味の場や、特殊な職業の人の場など)


これがとても重要だと思います。


そこに、アイテムが付随してきて、道具は、場面に光りをもたらせてくれます。


次に、エピソードの数


エピソードも、やはり、基地と連動します。


何故なら、実家のシーンで全話、終わると、日常的過ぎて、変化のない、あまり、面白味の無い物語になってしまうからですね。


さて、この基地の数と、エピソードの数、それが、群を抜いて、多かったのが、「あまちゃん」と「ふたりっ子」でした。次が、「あぐり」


大石静さんの実家の旅館をモチーフにした、昔の文豪や、映画監督の宿泊する、それだけで、基地として贅沢で、いくらでもエピソードが、膨らむ「オードリー」も、多かったのですが、残念、「ふたりっ子」ほど、面白くなく、やや、

エピソードをうまく、消化できなかった感がありました。


それに比べて「あまちゃん」は、「オードリー」ほど、豪華な人たち(昔の文豪や映画監督)が出てこなくとも、


言葉に、奇想天外さがあり、それでいて、しっかりとした人間ドラマに仕上げた感があったので、


ユーモアと、恋愛と、親子(祖母含む)愛と、地下アイドルと、海に生きる人たちの今、


そして、酒場でのグタグタな人間の(陰陽の)陰な部分の人間模様。


これは、やはり作者のユーモア・センスと、それをドラマでやりたいという強い意思が成功した、やはり、名作でしょう。


落語家の世界を描いた「ちりとてちん」も、基地とエピソードが豊富でしたが、上記の作品と比較すると、脱落・・・。


しかし、基地は少なくとも、古臭く、汚い基地、それを、描きながらも、その一点を、


とても味のあるように描き切ったドラマが、「てっぱん」でした、


「てっぱん」は、祖母があきらめた「お好み焼き屋」の鉄板を、再生させるドラマでしたが、この祖母が鬼のように恐く、


孫娘の扱いはひどいものでしたが、


人間の陰部を描くも、少しやり過ぎで、(半分、青いの祖父は、その反対で、良い人に描きすぎて、一面的となり、こちらも偏りすぎですね)


「てっぱん」では、鉄板が聖かつ重々しく描かれていて、


その閉ざされたお好み焼き屋という一点の基地を、


うまく描いた、基地を描く美学のようなものを感じました。基地をあっさりと描くと、ただの基地で終わりますし。


「ふたりっ子」の将棋道場と、(演歌歌手)オーロラ輝子が唄う、通天閣の確か地下でしたかの


妖しいステージ、これらは、基地の描き方として、大成功した


目が離せない基地でした。さらに、「ふたりっ子」では、双子のヒロインの父親が、


そのオーロラ輝子に魅力されたあげくに彼女のマネージャーとなり、家族を捨てて、輝子と駆け落ちまでしたシーンは、


物語を、どうやっても面白くさせようとする作者大石静さんの、


視聴者を楽しませるための気迫さえ感じました。


その父親は昨日まで、家族で、早朝から起きて、豆腐を祀り、


その豆腐に、「豆魂」と書いていましたっけ、それに家族全員で手を合わせて、


今日もいい豆腐が出来ますように!


そういう風に、(「豆腐屋」としての)仕事への熱意と家族全員が、一丸となって、豆腐への愛を、描くような流れから、一気に、父親が、駆け落ちした展開は、


この時点で、朝ドラ・ランキング上位になるのは、当然かもしれません。


隣の床屋に行くと、大助花子夫婦の夫婦漫才即ち面白会話に、


リーゼントのお兄さんとのやり取りに、


そして、双子姉妹の人間模様、何故、その後の朝ドラは、こういう風に作らないのかと、比較のモデルのようなドラマでした、私には。


さて、「てっぱん」ですが、


孫娘と、孫を孫とも思わない冷酷な祖母とが、


口論を繰り返し、閉ざされた鉄板に、火を点すまでの経過


おそらく、これがドラマなのでしょう、そこに鉄板があっても、ただの鉄板ですが、

その鉄板の背景を、しっかりと描く


「べっぴんさん」のように、素晴らしいモチーフは多々あるのに、ただの物のように、並べてしまい、軽く描いてしまうと、観る人は、そこに


何も感じにくいですが、たかが鉄板を、これだけ、こだわって描くと、


観る者に、鉄板の背景、人生ドラマを感じさせてくれ、これも作者の筆が、そうさせた、良い作品でした。


個人的には、「まれ」の方が好きでしたが、「まれ」は、ヒロインの懸命さ、


フレッシュさ、話の展開など、魅力的でしたが、基地が、もう少しあれば、さらに

面白くなったとは思います。


基地が、ドラマを作り出しますから。


基地を事細かく描いて失敗したのが、「ほんまもん」です。


ヒロインを厨房に閉じ込め、職人の恰好をさせて、毎日、料理ばかりで、


女性の持つ魅力を封印して、地味な料理人として、


描き続けて、これは、ヒロイン殺しの物語でした。


消防士になるシーンも冒頭にあり、基地が、消防署だと、私は、新鮮味を感じましたが、いきなり、


和食屋になり、ずっとそこで閉じこもる閉じた物語。


基地を細かくじっくり描いて、活かせず、基地がもっとも少ない朝ドラでした。


せめて、「瞳」のように、築地市場の通りから、お店、


定食屋でのやり取り、そういうシーン、基地を設けるべきでした。


しかし、「瞳」は、お茶の間での子供の台詞に、光る台詞があり、あの台詞は、群を抜いています。作者が、そこは、頭の中で描いてなく、おそらく取材から閃いた言葉でしょう。


お茶の間で、今日から引き取ることとなった7、8歳ぐらいでしたか、孤児となった女の子が、お茶の間で、優しく接しようとした瞳に、


ここで、普通、頭の中で台詞を作家が考えると、


孤児のイメージで、弱い印象や、少し生意気なら、ふくれるとか、そういう風に書くところを、可愛いその孤児は、「瞳、ウザッ」


と返した台詞は、頭の中で考える、ありきたりな台詞を超えて、人間を一面的に描かず、朝ドラの背負う、時代を描く、ある種、鋭い台詞でした。

(現実には、よろしくない言葉ですが)


子供を描くと、子供のイメージ、老人は、老人のイメージでやると、


人間が薄くなり、「半分、青い」でも、律の母親など、そういうイメージ先行で、


金八先生の物まねがなかったら、あまりにも、真面目に描きすぎた、


一面的な人間で終わっていたでしょう。


ただ、「半分、青い」は、特徴がありました。


それは、朝ドラに、トレンディドラマのような都会的な恋愛劇を持ち込んだ点です。


ですから、恋愛ドラマとしての部門は、第一位とも呼べそうです。


ただし、どこか煮え切らない・・もどかしい・・恋愛ドラマ


でしたね。


これまでの朝ドラでは、恋愛シーンが、ある部分にまとめられいて、


会社と、家族を主軸に進めていきつつ、狭いその恋愛枠では、かなり熱い恋愛を描いてはいましたが、このドラマは、


どちらかというと、長くクールな恋愛模様で、


何よりも、シラケたムードの律が、もどかしく、律の描き方は、失敗でしょう。佐藤さんも、やる気がない気が透けてみえました・・・。


ヒロインも、もどかしく、


しかし、時にはトレンディドラマのような台詞で、強引に進めたり、


しかし、急にひどく真面目な台詞に変わることで、どうしても、しっくりと落ち着いて、二人が交わっていく流れになりにくい、


これは、互いが互いを遠ざけようとするような、突き放し型の台詞に、そうなるような要因がありそうです。


引っ付くと、突き放す、じれったい恋愛時間が、延々と続き、答えが出ない。



それが、これまでの朝ドラでは、


ある時期、急に素直に愛し合うような作風でしたが、


その点は、対極にありますね。


しかし、恋愛ストーリーが時間を占めた割合では、過去一番でしょう。やや中途半端な恋愛模様でしたが。


今、二人のしゃべり方などに原因があるとは書きましたが、もう一つ原因がありそうです。


それは、すずめが鈴虫の駅で、律からの告白を断ったシーン。


あのシーンこそ、このドラマ最大の誤り。


そう、あそこで二人が結ばれていれば、その後のもどかしい、付き合い模様など、描く必要などなかったではないですか。


そこで私が気付いたことは、

あの放送日とは、作者にとり魔の日であることでした。ですから、作者は、選択ミスをしてしまったのだと、気付きました。


朝ドラは、特にリアリティを、視聴者が求める、自分重ねのドラマですから、

 

その後、二人が再会させる流れにするならば、


律の奥さんを邪険にし過ぎた点は、他者の目で見ると、不自然さが残ります。


せめて、あの奥さんの良いところをたっぷりと描いておき、バランスを取っていれば、まだよいですが、気難しく、嫌みな奥さんにしてしまい、


それにより、すずめが、自然と引き立ってしまったので、人間を浅く描いてしまい、いえ、なかなかその後、結婚しているなら、上手く描けないと思うからこそ、すべての選択ミスが、あの鈴虫の駅のシーンだと、思うわけですね。


まだ、三人がぶつかって、言い合いをするなどすればよいですが、律の奥さんは、すずめとのことを知らないまま離婚している点は、どうなのと、目線を向けられても仕方がないでしょう。朝ドラとは、ただのドラマではなく、


国民の多数が、自分重ねをするような特殊なドラマだけに、分野の縛りから、批判されるわけですね。


例えば、あの奥さんが、すずめならと考えると、実はそこからドラマが始まるわけで、

どれだけの言葉を、彼女が口にするか、意味のない言葉が多々出てきた、

「梅ちゃん先生」や、

妙に陽気で、あまり内容のない台詞の多かった、「ちゅらさん」など、


そういうドラマは利害関係を、あまり描かず、何かあれば、


軽く描いて、笑いあうとかという風にしますが、実は、今描いたようなシーンから、言葉があふれ出してくるもの、そして、それを描くのがドラマなら、


すずめが口にする言葉は、視聴者と共に展開していき、


自分ならどう思うとか、日々の生活と重ねられるものですね。


すずめ視点の物語だけに、すずめは、本音を、言い続けますが、律の奥さんは、本音を抑えた、応答するような言葉と、時々、教養を見せつけるような嫌味な口調ばかりを、作者が意図して描いたことで、別れの伏線にする作者の意図が、成功しなかったのも、やはり、鈴虫の駅に原因がありそうです。


疑問への自己主張は、朝ドラの水面下に流れる哲学のようなものですから、朝ドラは、ヒロインが、自分の言葉をどれだけ持っているかで、


面白さが変わってきます。


「風のハルカ」で、ハルカが、バス会社の社長にでしたか、


強い自己主張、自分の言葉を投げかけたシーンがありましたが、


 

労働者として、理不尽な経営者などに、レジスタンスするヒロインの言葉、


「さくら」で、さくらが、外人の集まる、和風のアパートでしたか、そこを買収して、取り壊そうとする業者に、徹底的に、


ここを守る、ここに住む(外人)の彼らのために、絶対に、ここは守ると、


多くの言葉で、レジスタンスしたシーン、あの台詞は、朝ドラの中の名シーンの中でも、


私が、これが朝ドラのヒロインのヒロインである存在意義で、


朝ドラとは、やはり、ヒロインが、自分の言葉を持ち、社会的弱者や理不尽なことと戦おうとするそういう姿勢を朝ドラ作家たちは、


暗黙の了解で、それを意識して描いていることに、遅まきながらも気が付きました。


「さくら」は、総合的に、もう一つな作品でしたが、海外ロケや、英語教師かつ日本語教師として、日本とハワイを繋ぐ、役目を描き、基地としても、海外が出てくるので、それが即ち、華となり、基地も良い朝ドラでした。


「半分、青い」ですが、秋風羽織?は、いつも全身黒ずくめで、秋風というよりは、黒風羽織ですね。


だけど、秋風邸は、基地として、とてもいい基地でした。


基地でも、これまでにない新鮮さはありながらも、あまり活きなかった基地は、「まんてん」の合気道・道場でした・・・。


せっかくなら、プロレス道場とかにした方が、その基地から話が面白く展開させられませんか?


「あまちゃん」の場合は、ただの酒場なのですが、


あれだけ、面白く魅せられたのも、


言葉の力ですね。

ですから、合気道の道場でも、言葉をうまく多様して、本音を延々と語っていくスタイルにすると、面白くなっていた気はします。

 


それに対して「あまちゃん」の酒場は、あれだけの愚痴を飛び交わせ、長台詞で構成させたことは、一歩間違えると失敗しそうですが、あそこまで面白く魅せられたのは、まさに、クドカンの言葉の引き出しの多さ、それが決め手でしょう。


やはり、ドラマとは、言葉がどれだけ物語の世界をけん引していけるかどうか、

それが、ドラマの秘訣かつ鍵だと思います。


また、「半分、青い」は、「まれ」と似ていて、「ウェルかめ」とも似ていて、

二作は、どっちがよいか、内容は「ウェルかめ」ですが、ヒロインの雰囲気、世界観など、「まれ」が、よく、

では、「カーネーション」と、「ウェルかめ」だと、

「カーネーション」がよく、でも、「カーネーション」より、「半分、青い」が少し良いですか?

恋愛面と、さわやかさ

周囲とのやり取りなど、「半分、青い」よかったですから。


過去の良い作

最高ランク

「ふたりっ子」「あまちゃん」「あぐり」

次のランク

「だんだん」「オードリー」


次のランク

「ちりとてちん」 「あすか」 「カーネーション」 「まれ」

(エピソードは、「ちりとてちん」が高く、総合的なドラマの持つ力は「あすか」

個人的に、まれが、魅力的なヒロインでしたので、「まれ」も、高評価です!)


ほぼ同じランク



「まんてん」「風のハルカ」「ウェルかめ」「てっぱん」
「瞳」


「さくら」は、さらに下のランクでしょうか。


「ひよっこ」は、微妙な立ち位置でしょうか。やはり、ユーモアなどが、上記のドラマほどないですから。

何か、中途半端にいいドラマ?


似たタイプ

「風のハルカ」「ウェルかめ」「てっぱん」「まれ」 ← この似たタイプに「半分、青い」も入ります。


なかなか悩みどころですね。
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