またしても、投稿の間がとても空いてしまいました(+o+)。
六本木ヒルズにある心臓の専門クリニックにて、精密や、ホルターつけて24時間心拍数を測る検査までした結果は……何も異状なし。「心筋の機能もとても良いですよ」と医師の弁。
当然、何の処方も無し(*_*;
はてさて、それでも1月から続く心臓のドックンドックンは相変わらずで鬱陶しい。
というか、数日前にはまるで心臓が子宮になったような体験をした。
たまたま心臓のあたりに手を置いていたら、何かが身体の中でニョロっと動いたのだ(*_*)!!
瞬間的に私は、子宮の中の胎児が足をつっぱった時の胎動の感覚を思い起こした。👣
あるいは、エイリアンが心臓付の中で成長しているようなイメージも思い浮かんだ。
これはもはや、物理的なレベルのことじゃない!!
そこで心理の師匠にプロセスワークによるガイドをお願いした。
ドックンドックンの音(聴覚チャネル)と身体感覚のチャネルにフォーカスしつつ
変性意識状態になりながら、心臓に胎児あるいはエイリアンがいることを鼓動と共に全身で感じていく…。
すると、私の中に得も言われぬ深い喜びが湧き上がってきた。
それを明確に意識化していくと、ハートが何かとつながっている感覚が立ち現れてきた。
マインドより深い次元で心臓の鼓動が伝えていたことが、少しずつ意識化されてきた。
私は、宇宙を産み出した唯一者のごく小さな相似形として、母親として、コンパッションと共に命とつながって与える、贈与する。新しい命とつながっている―。
私の中の何かが開いた。それはただ、止めどなく無限に与えるだけの宇宙の唯一者の属性に思えた。それを、愛という俗世間の手垢にまみれ誤解に満ちた言葉しか浮かばないのが歯がゆかったので…もう少し自分にフィットする言葉としてはコンパッションの方がふさわしかった。
至福と共にあるコンパッションだった。
<胎児は、ユング心理学的に言えば新しい可能性だね>と師匠が言った。
新しい可能性は、自我にとっては全くの異物、恐ろしくてコントロールが効かない正体不明のエイリアンでもある。つまり自我の解釈の外にあるため、それらは身体に現れれば身体症状として、また人間関係に現れれば対立や葛藤として自我には解釈される。
こんな風に、自我の解釈の及ばない深層のメッセージをダイレクトに意識化するツールがプロセスワークなのである。
<今、心臓の具合は?>と師匠に聞かれて、私……あれ?あの鬱陶しい拍動が感じられない。
<身体のサイン、身体のドリーミングは、この命とつながることを知って全身でつながってほしかったのだね>
と師匠が明確に言語化してくれた。
カスタネダの言う、心(ハート)のある道、ハートで考えること。
ジェームズ・ヒルマンの心臓の叡智…これらの言葉が頭の中でつながった。
私の新しい可能性、与える力の発現、それが今回の私にとって、一つの変容と言えるのかもしれなかった。
そのレディネスのサインが心臓の違和感として深層から呼びかけていたと言えるのかもしれなかった。
そうすると、三重の守りの枠を作らないで神々に変容を祈った、当初の、そしてこれまでの話はどうなったのかって?
私はここでふと気が付いてしまったのだ!!(^_-)-☆
守りの枠はあったのだ!! 神社そのものが堅固な守りの枠ではないか!!と湧いたように気が付いた。 神社そのものが結界であり、
大樹に抱かれたまさに最高の守りの枠そのものではないかと。
この数カ月のすったもんだは、枠がないことによる死産ではなく、アイデンティティの変容という誕生における(心理学的に言えば)抵抗、いわば産みの苦しみ的な騒動だったことが理解された。
人にとって、変容ほど大変なことはないと言われる。何故なら、変容するには古い自我が死ななければならないからである。
自我にとってそれは、肉体の死と変わらない恐怖として体験される。
しかもそれに内側から気づくのは容易なことではない。
気づいたとしても、自我はほぼ自動的に、自分のサバイバルの方法を手を変え品を変え作り出して、
それこそ死に物狂いで防衛するのだ。
では、私にとって、死ななければならなかった私の古いアイデンティティとは何だったのか?
それは、〝奪われる〟という感覚であった。
成育環境的に、私は母親からも父親からも、様々な形で繰り返し奪われる感覚を体験してきたため、純粋に与えることをしても、脳の回路の中で〝奪われる〟にすり替わってしまったことが多々あったろうことが想起された。また、そもそも〝奪われる〟マインドセットのおぜん立てがあると、脳が現実をそのように吸引していく、いわゆる引き寄せも生じやすい。
脳のメカニズムや過去については、話が広がりすぎるため今はひとまず脇に置こう。
宇宙の縮図でありフラクタルである地球の生態系の循環を見ても、すべては与えるという行為で成り立っている。
自然から無尽蔵に奪っているのは人間だけである。
奇しくも私は、私が目指すエコサイコロジーの根幹を、与えるという変容体験によって再認識したといえるのかもしれなかった。