なぜ

テーマ:
なぜ人は宗教を盾にすると冷静に見たらわがままとしか思えないようなことでも自分の主張が通ると思い込んでしまうのか。


なぜ人は自分の信じた道ならすべてを犠牲にできるのか。
でもすべてを犠牲にしてるように見えても野心や嫉妬心や陰口や中傷や陰謀は捨てられないのはなぜか。


なぜ狭い世界がすべてだと思ってしまい他人の意見を聞かないのか。


なぜ真実を見ようとしないのか。

なぜ組織の言う真理が唯一の真理だと信じてしまうのか。



今や完全に世の人となってしまった私には自分の家族の毎日の行動が謎に思えます。


そういう時は自分の昔を思い出し理解しようと努めます。
私の家族がJWの病から治り目が覚めるように努力したいのですが…

そこまでなかなかできません。


私にできるのは理解しようとすることだけ。

なんか悲しいです。

何か自分にできることがもっとあるはずだと思ってしまいます。


元信者で、脱JWした私にできることが何かあるはずです。

信仰の米びつ

テーマ:
開拓をしてた頃に巡回監督が教えてくれた「励まされる」話。


それは…


東北に必要で行った時地元の兄弟にこう言われた


「兄弟、ここではお米は買わなくていいですよ。信仰の米びつがありますから。」


その兄弟が言った通り地元の人たちが親切でお米をくれるので不自由しなかった

だから皆さん、王国を第一にすれば物質的に必要なものは与えられるのです


という話でした。


ふーん…


私さ



組織から出たし王国を第一になんか全然してないけどさ…


田舎に嫁いだからお米をよくもらいますよ。

ってか嫁いでからお米を買ったことがない。

ご親切にだんなさんの親族さんたちが自家製の米や野菜をたくさん下さるから。


もしこのまま


私がお米を自分で買うことがなければ



エホバは断絶した私にも信仰の米びつを下さったのでしょうか…



そんなわけあるかっ。


人さまの親切を組織のいう通りにしたおかげで恩恵を受けられたのだと錯覚させてるだけだよっ。
マインドコントロールだよっ。


人の親切を踏み台にするような教えは



もう止めてくれ~。

止まらない思い

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頭と心に浮かんでは消える記憶

映像


ふんわりした風の感触

親しい人たちの話し声

野外でいい人に会えた?


提案通り証言したら書籍が出たよ


それはすごい

みんなが話してる


春…いい天気

奉仕日より


いい思い出


夏の山での奉仕が終わった後は

みんなで川原に行った

夏なのにひんやりと冷たすぎる川の水

何人かの姉妹たちと一緒に川に足をつけた


みんな笑ってた


あの時は楽しかったのに…


いつから私はJW人生を間違ったんだろう


秋…乾燥した風にやられて目に砂が大量に入った


それでも学生だった私は自転車で奉仕場所まで向かった

あの頃は真面目だった


冬…


もういいって?


冬の思い出はね~


おとなになった私は

いつも通り車を運転して田舎の区域に向かった


ノーマルタイヤだった


雪がすごくて



山の手前で


引き返した


うん。


こんな風に過去に経験したある場面の暑さ、寒さ、会話、心境が今でも時々浮かびます。
それは映像の様に鮮明で会話の一言一言まで耳に残ってます。


いい会話も悪い会話も。


覚えていたくないことまで全部。


だから私はブログに書きます。


書かずにはいられない。


いくら家族が私の存在を消したがっても




私は20数年間、この世にちゃんと存在してた。

私はJWとして育てられJWとして生きた。


これは



事実だ。