このところ


我が子とのことを


書いてますニコニコ



(*゚∀゚)=3ちっこい!






今日はちょっと長くなるんで
スルーするかたは今のうちに(笑)











子供たちが小さかった頃は


まさしく手当て


抱っこも
おんぶも
ぎゅーラブラブ


みんな

その時の子どもが求めている

心とからだの触れあい虹



私も

実はその触れあいで

ホッとしたり

落ち着いたり

堪えていた涙が溢れたり


何度も助けられました虹

当時はあまり感じてなかったかもしれないけど












そして

子どもたちは大きくなっていく

どんどん

どんどん














けれど

親の目で観る彼ら彼女らは

ずっと子ども
















護る

育てる

導く

諭す









先を生きる者として

その姿を観せていくことは

大事だと思います

だけど












心配する


手助けする


口出しする













私の母の口癖は

あなたのために言ってるのよ

でした







大切な母から

そう言われたから

悲しませたくないと思って

きっとその想いを察して

言われた通りにしていたんだと思います















そして

上手くいかないと

母のせいにして

私は悪くない!って

本気で思っていた時期があります













だけど






母の喜ぶように

母が誇らしく思える娘で在ろうとして

選択していることにさえ

気づいていませんでした

それは

小さい頃から積み重ねられた関係性

そこから私が自分で作り出した

辛さを紛らわすためのマインドセット

小さく括られた世界でだけ

通用するパターン








このパターンは

自分の子どもを育てるときにも

起動してしまうので(無意識なので)







親子は

また苦しみの仕組みを

繰り返していくんですね



何でこうなっちゃうんだろう


なんて思いながら











私の中で

長らく燻っていたその違和感に

光を当ててくれたのは

他でもない我が子でした



長男が学校に行けなくなったことから

立ち止まる必要に迫られ


自分の本心や本当の望みは何か?


それは

仕事に対して

夫との関係に対して



私が関わる全てに対して

一旦とまって見直す





という時間を作ることになりました











けれど

私がそれに気づいたからと言って

私のエゴが

あっさりそれを認めたりする訳もなく(笑)





不安になったり

心配になったり

あーでもない

こーでもないと


毎日

閉ざされた部屋の向こうにいる

息子の未来を

案じてばかりいました












そして出逢った


彼女が作り上げた

潜在意識を読み解くツール


研究されている

マルセイユタロット







その秘められた叡智を学ぶことが

精神世界に魅力を感じていた

その頃の息子の

内面を理解する手助けをしてくれました


















私が観ている世界が

変わりはじめました!











シンボリックという手法を学び

そこから派生した

いろんな世界に住んでいる人たちとの

交流が始まり

広がっていきました










その流れで

子供たちが通っている

藤野シュタイナー学園とのご縁があり










シュタイナー教育や

シュタイナーの思想などを理解する上で

古代からの叡智や物事の真理を学んだ

マルセイユタロットとの出会いは

無くてはならないものだったのだと

振り返っては驚いています
















そして

自分がどこまでもクリアになること





常に穏やかなマインドで

物事を観て判断できる大人に成ること





そこから

もう一度自分を育て直そう!

まずは

自分の中の拗ねてる小さな子どもを

認めて

赦して

愛して

そして仲良くなろう!と

直向きに

歩んできた今なのです



























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乙女座満月の今夜

皆様いかがお過ごしですか?歌音です♪








私のホロスコープでは

月が天秤座にあるんですけどてんびん座

私の内側で

様々な事柄のバランスをとることが

とても大切だということ。

そのバランスがとれなくなってくると

いろんなところがギクシャクしてくる。







ホロスコープの読み方を教わるまでは

あんまりピンとこなかったけど

わかつてくると腑に落ちることが多い。











子供の心の声を聴くことに

フォーカスするあまり

自分のことは後回しになっていって

これもバランスなんだよね

いい塩梅にするって難しかったなぁ








自分以外の思いや願いを聴くことが

増えていったから



歌うことも


一人でのんびりする時間も


自分のためだけに何かをすることも


どんどん少なくなっていった結果









歌う歓び✨✨はもちろん


感覚を使って愉しむって
どうするんだっけ?

















わからない!!







となってしまった訳です。







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教員になって

 

障がいを持つ子どもたちとの日々を過ごす中で

 

自分の感覚がどんどん研ぎ澄まされていき

 

我が子と過ごす時にも

 

子どもからの発信をしっかり受け止めたい!と

 

聴くことにフォーカスしている自分がいました。

 

 

 

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プロフィールを書いてます。

第1話

第2話




学校が嫌いだったのに

「先生」という職業を選んでしまった

そこには家系的なカルマがあったのではないか?という側面もあります。









父方の曾祖父は

小学校の校長先生たったそうです。

(祖父の出身地は山形県の鶴岡です)



また祖父の兄弟姉妹は9人いて、

その子どもや孫に教員や教育関係の仕事に
就いた人が多いのも事実です。

ちなみに私の弟も今は大学教員です。








でも
私は学校が嫌いだった








嫌いだけど行きました。

サボったけど受験勉強しました。

世の中の流れに乗らなきゃ❗って

必死でした。









誰のため?

自分のためだと信じていたけど

それは家のためだったかもしれない。

親のため  親の世間体のため。










だから

私にとっては

教職に就くこと=家族に認められること

だったんです。



ある時期までは。

















産休代替や講師を経て

正規に採用されたのは障害児学校でした。

障害児教育の勉強は全くしてませんから

入ってからが大変でした。














私の周りには

障害のある人、子ども、全く居ない

1から教えてもらいました。










一緒に組んだ担任の先生方から

担任になった生徒のお母さんから

担任した生徒たちから


たくさんたくさん

学ばせてもらいました。










そこでは

私たち教師が「指導」することよりも

子どもたちが観せてくれる表情や仕草

体調などから何を引き出すか?で

その子どもたちの可能性が

0にも100にもなるのです。









私が持っている感覚が

この子どもたちの可能性を拡げるための

ツールになるんだと実感出来たのは

長男を産んだ後、復帰した時でした。














赤ちゃんとのコミュニケーションは

ノンバーバル(非言語)。

泣き声だけで

お腹がすいたのか?

おむつが濡れたのか?

他の理由なのか?

を判断して対処している訳ですが

約一年の育児休暇を終えて復帰した時

この経験が

より感覚を開かせてくれていたことを

実感しました。












私の場合

音楽との接点が歌うことだったので

音の世界を自分の身体で表現すること



他者が
身体で表現していることを受けとること

とは

同じこととして感じられたのです。





この頃には

この分野なら自分の感覚を充分に生かせる

間違ってなかった!

と胸を張って言えるようになってました。












親や家族に認められたくて選んだ未知

でも

そこで出会ったのは

清々しい魂のままに在る子どもたちと

我が子の魂の輝きを守るために必死に生きる親御さんたちと

それを支える教師や地域の人たちでした。







そして

知らなかった世界の人たちとの交流から

出会った夫と子どもたち










そんな風に考えると

決して偶然ではない

この未知を選んだ必然を感じています。











でも

実はその頃から

歌わなくなっていったんです。





自分を表現することよりも

他者が表現するコトバに耳を傾けることを

大切にするあまり

自分を置き去りにしてまでも

それをすることを優先していったのです。  
















こんにちは。

前回のこちらの記事の続きです。








学校が嫌いだったのに
なんで学校を職場にしようと思ったのか?


その事に想いを廻らせていた時に
ある出来事が思い出されました。











実習中に指導してくださった先生のクラスに
とても静かなどちらかというと目立たない
女の子がいました。


ちょうど運動会の前で
全体の練習などがあったのですが

彼女はいつも少し離れたところにいて
クラスの様子を見守っているのでした。


いじめられているとか
仲間外れにされているというのもはなく

ただ
少し離れているだけ。


2日目か3日目の先生への報告の時に
私は「気になること」として
その事を話しました。


「なんでその子が気になるの?」
と訊かれ

自分から離れているように感じる ことと
何を考えているのかなぁと思うと伝えたら

「その感覚大切にね」

と言われたのでした。



実習中に彼女とは

ちょっとした会話をするようになり

実習後も時々、手紙をくれました。














担当の先生がおっしゃった「その感覚」
とは?



彼女が手紙に書いてくれた言葉を思い出しました。










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先生が話しかけてくれたので

私はクラスの中で

少し居場所ができた気がします。
教育実習の間だけだったけど

とてもうれしかったです。

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こんなステキな手紙をもらって
私、幸せだなぁ🎵って思ったのでした。



そして



氣になることを

その時にすぐ行動して確かめる

そうだったね❗

後先考えずに『即行動』カナヘイきらきら

当たり前にやっていたんだなぁ音符



氣になることを放っておかない真顔

「その感覚」だったわけですねー















実習で出会った彼女が教えてくれたことと

その後
講師としてお世話になった学校で出会った
子どもたちとの係わりを通して


子どもたちと共に学び合い
もっと成長したい❗

思うようになったのでした。