年忌の法要を終えて✨

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こんにちは

 

お盆休みになったとたんに雨雨雨

お山の近くはちょっと肌寒いくらいです

 

 

時間はあるのに

ときどき更新...の夏休みですね。

「もう〜 毎日子どもと一緒って...ダウン

なんて思っていた日々も

あっという間に終わりが観えてきて

 

まあ

今しかないよね〜こんなに求められることってラブラブ

なんて思ったりしてます

 

 

 

 

そんなお盆休みの昨日

義父母の十三回忌のお参りをしてきました。

 

同じ年に

亡くなった夫の両親

 

父は享年70歳

母は享年61歳でした

若かったな...

 

あれから12年経って

七回忌の時に

「次の時は、おれ18歳だよ。」

なんて言っていた長男

すっかりたくましく成ってました

 

 

 

久しぶりに5人揃って過ごした1日

そこに

私の両親も来てくれて。

 

家族ってやっぱりいいもんだな〜って

改めてじんわり心にしみ込んだのでした

 

 

 

お上人様のお説法がまたとても分りやすく

小学生の次男も

「毎日を大切に生きるろとって言ってたね

オレは大切にしてるかなあ?」

なんて考えたりしてました

 

そしてそのお話しの中で

「次のご法要は、20年後三十三回忌です」

というお話しがありまして

 

子どもたちの年齢に想いを巡らせて

ひととき

その話題で盛り上がってしまいました爆  笑

 

だって〜

長男 39歳

長女 36歳

次男 30歳

みんないいオトナですビックリマーク

 

 

その時

晴れやかな心持ちで

亡き義父母の墓前に集えることが

できますように...

 

と最後に墓前でお参りさせてもらいました

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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母の誕生日に寄せて...

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こんにちは。

 

連休が終わって

昨日はもうほとんど真夏か?!と思うような気温でしたね。

 

まだ5月なのに。。。

 

 

 

5月は

我が家にとって

一年のうちで一番

ケーキが食べられる月♪

 

トップバッターは私の実母 

本日 5月9日が彼女のお誕生日なのです♪

 

めめ(母の愛称)

お誕生日虹虹おめでとう✨

 

一体いくつになったんでしょう???

75歳ですって!びっくり

 

私も年取るはずですね〜。

 

 

母とのことは

時々ブログにも書いております。

娘としての私 その1 その2

 

 

とにかく小さい頃は厳しく性格のキツい人でした。

ワタシも弟も

ビビりまくっておりましたしチーン

友達のコメントはいつも

「お母さん、こわいよね〜滝汗」でした。

 

とにかく「まともに育てること」を必死に

やっていたのだと。

そして

女子の私には特に!厳しくしつけなければ!!と

必死だったんでしょうね。

 

幸い私は、割ののんびりしてて打たれ強かったから

褒められた記憶がそれほどなくても(笑)

なんとか巣立てましたー。よかったよかった。

 

そんな母と

私の誕生日は何と1日違い!

そしてたぶん毎年来る母の日がこの前後になるので

全部まとめて!みたいなことになってました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして丁度20年前の母の日に

私たちは結婚式を挙げました。

 

両家の母に

最高のプレゼントだから!と。。。

 

一緒になった人の誕生日は

5月15日でした♡

 

なので「絶対に忘れないように!」と

婚姻届は彼の誕生日に提出したので

私たちの結婚記念日は5月15日なんですラブラブ

 

 

 

 

 

 

結婚してからも我が家は

5月になると

 

私の誕生日

下矢印

母の日

下矢印

夫の誕生日と結婚記念日

 

とイベントが続いているような

ワクワクした日々なのです✨

 

 

 

今年の母の日は14日(日)ですね音譜

この日にとっておきのイベントがあるのですが

実はここで歌うことになったのです!

藤野の薪ストーブ屋さん「でいだらぼっち」さんにて。

 

キラリん✨ひらめいた!

ここに母をよんで歌を聴いてもらおうっ音譜

 

 

 

楽しいことをより楽しくするのも自分次第!

どんどん軽やかに〜〜

 

 

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

 

5月の予定

★イヤーコーニング★

9日(火)くらして(10時~12時@大和2階)

                ごごCafe(14時~17時@大和屋)

 

11日(木)ごごCafe(14時~17時@大和屋)

 

15日(月)くらして(10時~12時@大和2階)

                 ごごCafe(14時~17時@大和屋)

 

16日(火)ビオ市(8時~11時@藤野倶楽部)                      

       ごごCafe(14時~17時@大和屋)

 

23日(火)くらして(10時~12時@大和2階)

                 ごごCafe(14時~17時@大和屋)

 

26日(金)特急ヴィーナス限定ショップ@広尾

29日(月)特急ヴィーナス限定ショップ@広尾

 

30日(火)くらして(10時~12時@大和2階)

                 ごごCafe(14時~17時@大和屋)

 

 

★声セラピー★ 場所→高尾または藤野

11日(木)  10時~12時  / 13時~15時

25日(木)  10時~12時

31日(水)  10時~12時

 

★演奏予定★ 

14日(日)バイオダイナミックワインの会  11時~14時

                    (演奏は12時~)

18日(木)Salon de Kanon  14時~15時

                     (@高尾 リストランテ・ドルチオーレフィノッキオ

 

 

ベルセッションのご予約・お問い合わせは こちら へお願いします。

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暑い暑い💦

今日も朝からピーカン晴れ晴れ

 やっとこさ 家族が揃ってお休みになり

お盆のお墓参りへ


 

ちびた 

お線香とお花を準備していく途中

彼の後ろ姿が

丁度11年前の夏 

義父が亡くなった頃の長男にそっくりで

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そこから想いを巡らせていくことになったのでした。

 

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お義父さんは健康が自慢の働き者だった

あまりにも病氣に罹ったことがなかったので

食道にポリープができたという事実を

受け入れられなかったようだった。

手術して切除出来たことで周りは安心していた。

手術のショックとか

自分の身体に対する自信の薄れとか

いろんなことが重なり

食べることが出来なくなっていった。

最期は肝硬変。

2月に最初の手術をしてから約半年。

あっという間だった。

 

 

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それから1ヶ月後。

義父の四十九日の法要を行った日に

義母は腰が痛くて立てなくなった。

ひどい痛みを訴えるので整形外科を受診したが

レントゲンをとっても背骨や腰に異常なし。

小さい頃の発熱の後遺症で片足が麻痺してた義母

外科には主治医がいて、定期受診していた。

なのに

見つけられなかった。

ずっとずっと腰が痛いのは足のせいだと言って

それ以外の要因を医者も気することがなかった。

その腰痛が激痛だった為

他の検査をせざるをえなくなって初めてわかった。

大腸がんだった。

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 人間ドックは受けたこがないと言っていた。

それは、足の病院に通うことで大丈夫と思っていたから。

血液検査もしていると言っていたし。

 

それからすぐに入院が決まり

私たちは父の位牌と遺骨を預かり

義母の病院生活をサポートすることになった。

暫くして主治医に二人で呼ばれ余命宣告された。

 

義母のがんは、既に肺と脊髄に転移しており、もう手の施しようがない。

「もって3ヶ月でしょうか...」とドクター。

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私たちはできる限りのことを精一杯やった。

だけど

義父が亡くなってから3ヶ月経った頃

義母は召されていった。

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あれからもう10年経ったんだね。

 

全く心の準備も覚悟も出来ていない時に

一年に両親を看取ることになったオット。

たったひとり取り残されたように感じていたのだろう。


何もかも投げやりになり

仕事も続かなくなり

いつも疲れていて元気がなく

消えてしまいそうな儚さがあった。

 

あれから10年。

 

やっと本当にやりたい仕事に就くことが出来て

人を

自分を

家族を

頼って 受け取り合って 

支え合っていいんだっていう赦しを

自分に許可することが出来た。

 

長かった。長くて辛い未知乗りだったね。

振り返れば

ああ、やっと。ここまで来たんだねって

本当に嬉しかった。

 

「やっとここへ辿り着くことが出来ましたよ

お義父さん、お義母さん。

ありがとうございました。」

 

そう言ってお墓の前で手を合わせてきました。

 

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夏至の前後はいろいろあって

何からお話ししたらいいか?と迷うほど

昨日のピラメキーノ✨があった夏至の夜のこと


夫が帰宅したと思ったら

長男を連れてまた出て行っちゃった~

何?なに?



しばらくして帰宅すると

玄関からなにやら生き物の声…?






ピィ!








ヒヨドリの雛でした!(◎_◎;)

長男が軍手をして
その手の中でジッとている雛ちゃん…





夫が言うことには

「自転車で走ってたら目の前の道路に飛び出してきて。電線には親鳥が二羽見守っているんだけど、飛び立てなくてね。はじに寄せようとしても直ぐ道路の方にパタパタ来てさー」

「そうしたらね、親鳥が言うわけよ。その子をお願いしますって。だからさ、連れてきたんだよ」



ピィ!



いやいやいや!
鳥飼ったことないし、どうすんの?
誰が世話すんの?
飼い方知ってんの?



すでに夜8時を回っていて
動物病院とか保護センターとか
心当たりは全てクローズ…


どうすんの~~
。・°°・(>_<)・°°・。









すると小さな声でチビタが一言。


「〇〇くんのお父さんは?」






そうだ!
聞いてみよう!



クラスのお友達のお父さんで

野鳥や小動物のことに詳しい地元の方に

早速お電話をしてご相談。





「あ~  そうなんですかぁ。
教科書的に言うとですねぇ…
巣から落ちた雛は
保護してはいけないんです。



(T_T)ガーーン





「雛は巣立つ時に直ぐに飛び立てるわけでなく
中にはうまく飛べなくて落ちちゃう子もいる。
でもね
飛べない子のところへ親鳥が餌を運んだり
他の兄弟たちが周りで励ましたりして
それでなんとか巣立つんですよ。
でも中には
落ちたところで力尽きちゃったり
寒さで(食べないと直ぐ体温が下がるので)とか
猫とかカラスとかにやられて…とかで
死んじゃう子もいる。
それもその子が持ってふ運なんですよね。」


「一度人が入っちゃうと
親鳥はもう育てなくなります。
でも、まぁ羽がだいぶ生え揃っているなら
餌をあげ続ければ…何とか巣立つところまで。
結構大変ですよ。
今日はもう食べないから
とにかく暖かくして狭いところに入れてあげて。
まぁ、頑張ってみてください。
これもきっとご縁ですから。」
早速
小さな紙の箱にタオルを詰めてそこへ。
タオルで蓋を軽く覆って
玄関の近くで遠赤外線のヒーターをつけて。

時々熱くなりすぎていないか?確認しつつ
一応ひとまず就寝ぐぅぐぅ





翌朝晴れ時半







ピィ❗️

ビィ❗️

ピィ❗️

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かわいい♡


何でみんな気づかないの❓鳴いてるのに。


お腹すいたんだね~

ちょっと覗くと

顔を出して口開けてました





お水飲む?

ピィ❗️




とっておきのピュアウォーターを

ヒーターでスポイトごと人肌に温めて

ポタ…


おっ!飲んだ飲んだ(^。^)♫

ピィ❗️



なんか可愛いなぁ。


すると外で

鳥が鳴いているのが聞こえます。



ピィ❗️

親鳥を呼んでいるのかなあ~(T_T)。




しばらくすると

長男が起きてきて

「ちょっと外に出してみたらどうか?」と。

また飛ぼうとするかもしれないしね




外に出してしばらくすると!(◎_◎;)なんと!



親鳥が迎えに来た!



それを見て
飛び立った~~‼️


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ここに!




拡大すると…




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見つめる先には…





親鳥が♡
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地面にいる雛に

近くの木から何かを取ってきて与える親鳥

ここから先は

もう任せた方がいいね。

ということで。




しばらくして覗いてみたら

もうどこかへ飛び立っておりました(^ ^)





長男「巣だちって大変なのな。」


なかなか深い気づきだったのでは?




本当にやりたいことをやる!

そう決めて

染色作家として生き抜いた方の

回顧展に行ってきました。

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私の母が

習っていた染色のお教室の先生。

昨年 お亡くなりになり

ご主人とお姉さんが

ご本人の作品とスケッチやデッサンなどの下絵も一緒に

観られるような小さな個展でした。

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敬虔なクリスチャンで

犬が大好きだったという故人。

その作品からはとても繊細な

一瞬にして壊れてしまいそうな危うさと

それでも絶対に諦めない命への希求が同居していました。
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小さな画廊にいらしたお姉様にお話しを伺えました。



美大を出て

才能もセンスもあったのに

若い頃は、全く絵に向かうことをしていなかったの

血統書付きの犬を飼い

ドライブが好きで

テニスをしたり スキーをしたり

愉しそうにはしていたけれどね。

それが

最初の大病をきっかけに

突然、絵に向かうようになったの

下絵から色もデザインも全て書き上げたものを

染色した布に描いていくという作風

もともと持っていた才能ではあるけれど

それからの25年間

とにかく描ききって亡くなったのかもしれませんね。

犬もね、晩年は迷い犬だったりしてね



心が震えた瞬間。

きっと神さまは

彼女のその才能と生きる力を

病気を乗り越えるための魔法の杖として

目覚めさせてくださったのではないかと思いました。



私たちは

本当の使命に気づいたなら

ぐずぐずしている暇なんか

ないのだということ




母との時間がもたらしてくれた

最高のプレゼントでした。