朝鮮初の童謡『半月(パンダル)』 | きょうは韓国語日和

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  幼いころを思い出すには、童謡がいい。その点日本の童謡は実に豊富で、四季だけに限っても『春の小川』『夏の思い出』『里の秋』『雪の降る町を』など、ごまんとあります。

 

 思えば在日だったがゆえに、私は日本の童謡はもとより朝鮮の童謡も朝鮮小学校時代に教えられました。その中で代表的なものがここに紹介する『半月(パンダル)』です。

 

  朝鮮半島の南でも北でも、知らない人のいない童謡といえばこの歌です。朝鮮最初の童謡で、子守唄としても歌われてきました。朝鮮大衆音楽研究家のパク・サンホさんの解説を書きとめておきます。

 

「童謡作家イン・グギョン(1903~1988年)が、1924年につくりました。彼はそれまで、東洋音楽学校(現東京音楽学校)でピアノや声楽を学びました。1923年9月1日、関東大震災が起こり首都圏は大混乱に陥り、"朝鮮人が井戸に毒薬を投げ込んだ"などといった悪質なデマが流されて、自警団により6000人もの朝鮮人同胞の命が奪われました。それで彼は音楽修行もそこそこに、命からがら朝鮮に逃げ帰ったのでした。1年後のある日、早くに嫁いだ姉の病死が伝えられ、家中みな悲しみにくれました。しばらくして彼は外に出て空を仰ぎ見たところ、昼間なのに月が白くかかり、大海に漂う小舟のように見えました。彼はその月に、姉を亡くした悲しみと共に亡国の民の悲しみを感じ取ったのです。」「ユン・グギョンは"半月"を、単なる悲しみの歌にしたくなかったので、最後の詞をどう表現しようか苦心しました。そして"明星の灯台だ かじを取れ"と、未来への希望を指し示す歌詞をつくり出したのです。」

『半月』のメロディーは、東南アジアでも歌われているそうです。

 

青空わたる 小舟には/桂木とウサギ ひとりずつ

帆柱も立てず 竿もなく/よくも行けるよ 西の国へ

 

天の川を越えて 雲の国へ/雲の国を過ぎたら どこへ行く

遠くでキラキラ 照らしてる/明星の灯台だ かじをとれ

 

 歌のYouTubeを入れておきました、ぜひ歌ってみてください。歌えるようになったら、あなたのレパトリーに入れてみてはいかがですか? 居酒屋かカラオケに行って朝鮮(韓国)童謡『半月(パンダル)』を指定すれば、必ずこの歌があります。幼いころを思い出しながらしんみりと、グラスを片手に静かに歌い終えた瞬間から、今までの印象とは異なるあなたに変身しているはずです。

 

 

 80年代の初期だったでしょうか。妻と共に北朝鮮を訪問しました。私たちにとっては初めての故国訪問です。60年代初期に、実弟や学生時代の多くの友人が北朝鮮に帰国しました。だから彼らを訪ねる旅行で、10年ぶりの感激的な再会を果たしました。大学教授が何人もいて、そのほかに研究所、職場の役員、新聞記者、女優など、全員が第一線で働いていました。

 宿泊ホテルにピョンヤンに暮らす同級生10名ほどを招いて、私たちは車座になってドンちゃん騒ぎをしました。全員酔いが回るころ、誰からともなく歌をうたい始めたのです。てっきり彼らが歌うのは北朝鮮の革命歌だろうと勝手に思っていたら、なんと日本を懐かしんで帰国当時流行っていた歌や童謡をうたうではありませんか。大学教授の金君がフランク永井顔負けの甘い低音で『有楽町で会いましょう』を歌った時は、本当に度肝を抜かれました。最後はみんなの合唱になり、『ふるさと』や『赤トンボ』、そしてこの『半月』などを歌ったのです。みんなは笑顔で歌っていましたが、なぜか私だけは目を潤ませていました。車座の宴会は12時過ぎまでつづきました。私50代のころの、忘れられない思い出です。

 

 童謡って、いいなよなぁー。海を隔てても、ぼくらの熱い友情をよみがえらせ、より固くさせてくれるのだから。         

 

 

 

 

 

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