山陰游紀を読む(終) | かすみちゃんのブログ
2019年01月09日

山陰游紀を読む(終)

テーマ:香住の昔

おはようございますかに座

 

遅塚麗水の『山水供養』に収録されている随筆「山陰游紀」を読んできましたが、今回が最終回となります。

 

 黄昏6時半、線路の修復があとわずかとなり、ようやく汽車が動き出す。山を貫き海に望んでトンネルまたトンネル。トンネルを作る所は、いずれも風光明媚でない場所はない。おおよそ湾があり、島があり、島には松の木が生えていて、漁師や海女の小屋が立ち並んでいる様はまるで絵のようだ。鎧駅を過ぎて余部の大陸橋に差し掛かる。弁天、荒神の両山の峡谷を横断して、長さ1015フィート、高さは実に120フィートあり、わが国で最初のトレッスル式だという。北に目をやれば深く広い大海原、俯瞰すれば高木がナズナのように小さく見える。山村水村が折からの入り日に照らされている様は、碁盤の上に打ち残された白黒の碁石が、入り混じって無造作に置かれているのに似ている。

 

フィート・・・1フィート12インチ、30.48cm。

 

香住に関する記述はここで終わっていますが、話は~3 鳥取の二夜~へと続きます。久谷、桃観トンネル、浜坂、岩美と過ぎて、夜8時半に鳥取駅に到着します。写真はオッパセ浜の沖にある兄弟赤島です。山陰游紀は続きますが、ブログでの紹介はここで終えたいと思います。お付き合い下さりありがとうございました星さようなら。

 

 

香美町香住観光協会 http://kasumi-kanko.com/

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