山陰游紀を読む(1) | かすみちゃんのブログ
2018年12月25日

山陰游紀を読む(1)

テーマ:香住の昔

おはようございますかに座

 

あるとき大乗寺を訪ねて香住へ来られたお客さんに、紀行文家・遅塚麗水の書いた随筆集・『山水供養』という古い本を見せていただきました。この中に収録されている「山陰游紀」には、香住の大乗寺の事がとても詳しく書かれているので、数回に分けてご紹介していけたらと思います(退屈な方は飛ばしてくださいね)。

 

遅塚麗水は明治~大正時代にかけての新聞記者であり紀行文家です。本名を金太郎といい、山岳文学の先駆とされる「不二の高根」や紀行文「日本名勝記」を著しました。「山陰游紀」は明治45年に挙行された山陰本線開通式への道中を綴った紀行文です。当時新聞社の文人記者だった麗水は、香住駅で線路の修復を待つ間に大乗寺を訪ねています。

 

以下、そのままだと少し読みにくいので現代風に訳しました。素人のカニがしていることなので、間違いがあるかも分かりませんが、どうぞお手柔らかに・・・誤りがあれば教えていただけると嬉しいです。

 

   山陰遊紀

一 東海道中

 社中には、山陰の人が多い。聴濤、小巴は因幡の出身、道邈は伯耆の生まれ、青青園は出雲の人、大象もまた長く因幡に住んでいて鳥取は第二の故郷という。日頃から私に千貫浦、東郷湖、大山、夜見ヶ浜、美保関、松江の景色のすばらしさを語り聞かせてくれた。これらの人々が詩酒の小宴を催す時、たけなわにして道邈は、背を柱にもたせ掛け、左手に盃を取って、右手で膝を打ちながら安来節というものを歌う。美しく愁いを帯びたその声は聴く人の涙を誘い、私はこの歌を聴く度に、心は遥か青い海原や緑の山々を旅し、一度その地を訪ねてみたいと願う気持ちを抑えることが出来ない。

 このような特別な縁があってか、今年6月、山陰線開通式が鳥取市で挙行された時、私もまたこれに参列する機会を得た。そこで社中の人々に17日の休みを貰い、5月30日の黄昏6時半、新橋を出発する。

   

※聴濤、小巴、道邈、青青園、大象は、同じ文人記者で、新聞社の同僚にあたるのかなと想像します。

※夜見ヶ浜は鳥取県弓ヶ浜の別名です。

 

 乗客の多くは開通式に向かう人で、それぞれにシルクハットの革箱を携えているのでそれと分かる。肩と肩がこすれ、膝と膝がくっつき、どの車両も空席は無く、ボーイに命じて寝台を買おうにも、これもまた空きがない。膝を抱いて舟をこぎ、ちぎれちぎれの夢を見る間に、道は美濃に入って曉の空に残る月、やがて朝ぼらけの琵琶湖畔に至れば、朝もやに霞んだ湖面が果てしなく広がり、にわかに意識のはっきりしてくるのを覚えた。

 7時に京都駅に着いた。汽車を降りて4年ぶりの京都を見物する。綺麗に舗装された大通りが東本願寺に沿って駅の前よりまっすぐに走り、線路は縦横に伸びている。かつて数珠や仏具を売っていた小さな店が軒を連ねていた場所は、今は見当たらない。本願寺の楼門、勅使門は厳かに威厳を放ち、遠くに見える初夏の東山三十六峰の山々と、それに映発する空の色は誠に雄大で、京都の見ものは何と言っても本願寺である。私は嘆美の声を上げ、時の経つのも忘れてしばしそれに見入っていた。

 

・・・(2)へつづくカメ

 

鳥取の大山

 

松江の宍道湖

 

 

香美町香住観光協会 http://kasumi-kanko.com/

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