136 鳥越城(加賀国) | 三日月の館

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登城日 2019年 4月29日(月)曇

難易度 ☆☆
場所   石川県白山市三坂町

 

加賀一向一揆の拠点の一つです。

 

公共交通機関だと、JR小松駅から小松バス麦口線に乗って出合バス停下車がベスト。

白山市立鳥越一向一揆歴史館へ。

加賀一向一揆の歴史が学べます。

ここで続日本100名城スタンプ51城目をGet!

鳥越城は大日川の東側の山の尾根上にある。

歩くと遠い。

では、登城開始!

麓の説明板。

国指定史跡

【鳥越城跡】

 

日本城郭協会認定 続日本100名城(平成29年4月6日指定)

 

当城跡は、通称城山と呼ばれる尾根筋の一角にあたる標高312mを測る山上部に位置する。

眼下には、東に手取川、西に大日川を望む場所にある。

本城の城主は、紀伊雑賀一揆の首領鈴木孫一重秀の一族である鈴木出羽守といわれている。

鈴木出羽守は、本願寺から派遣された武将とされ、『信長公記』には、加賀一向一揆が解体された天正8年(1580)11月には、近江安土城に入っていた織田信長のもとに鈴木出羽守を含む一揆方指導者19名の生首が届けられたと書いており、この時に鈴木出羽守の鳥越城は落城したとされる。

しかし、翌年の天正9年(1581)2月には、二曲にて入り置かれた織田信長の配下であった柴田勝家の兵300人を、一向一揆勢が討ち果たし、再び鳥越城跡を奪還できたとしている。

その後、翌10年(1582)3月に、再び織田信長の配下である佐久間盛政が一向一揆を制圧し、首謀者300名余を磔刑にしたことにより戦乱は終息した。

城は、尾根部を空堀や土塁で仕切って人工的の造成された7つの平坦面からなる連郭式城郭である。

昭和52年(1977)から平成14年(2002)にかけて14次にわたる発掘調査が実施された結果、天正期の戦乱の舞台となった焼失した建物跡等の貴重な遺構を多数発見された。

二曲城跡とともに加賀一向一揆最後の砦となった歴史の舞台としての意義を持つことから、史跡に指定され、保存が図られている。

 

昭和60年9月指定

白山市教育委員会

 

バイクだと約5分で駐車場へ。

案内板。

空堀跡を西へ進む。

あやめが池。

空堀に湧き水が流れ込んで溜まった所。

一揆敗れて山河あり。

空堀脇をさらに進む。

本丸を見る。

切岸。

後三の丸へ。

帯曲輪を見下ろす。

後三の丸。

空堀を見下ろす。

切岸。

北端から見渡す。

模型で。

説明板。

後三の丸を後にする。

本丸へ向かう。

西側から本丸を目指す。

空堀に土橋。

後から作られたのかな。

礎石建物群。

玉石敷園路。

説明板。

振り返る。

柵列。

二曲城を見下ろす。

本丸へ。

枡形門から入る。

説明板。

入って直角に曲がる。

空堀と柵列。

枡形を見渡す。

本丸門。

説明板。

本丸。

土塁上から見渡す。

説明板。

礎石建物跡。

井戸跡。

中の丸を見る。

手取川の方を見下ろす。

後二の丸を見る。

模型で。

本丸を出る。

本丸と後二の丸との間の空堀。

後二の丸から本丸を見る。

説明板。

駐車場を見下ろす。

戻って中の丸へ。

柵列。

切岸。

建物。

中の丸門。

説明板。

中の丸門から城外を見る。

再入城。

前二の丸へ行く。

前二の丸。

模型で。

説明板。

隅櫓跡。

こちらにも隅櫓跡。

前三の丸への虎口。

空堀へ下りて行く。

土橋を渡る。

空堀。

前三の丸。

模型で。

先端の堀切と土橋。

戻る。

前二の丸へ。

中の丸。

中の丸を出る。

山菜取りによって落城。

側面をつたって駐車場へ戻る。

足元注意!

最後にスタンプ。

鳥越城を後にする。

途中も小さな曲輪っぽい所がありました。

守山城を思い出しました。