登城日 2019年 3月 6日(水)曇一時雨
難易度 ☆
場所 神奈川県横浜市港北区篠原町2564
新幹線の車窓から見える城です。
最寄駅の一つ、東急東横線とJR横浜線菊名駅。
坂を登って行くと、ドラマ「逃げ恥」のマンション。
この高台はかなりの高低差。
この高台の西側に篠原城があります。
2年前のお城EXPOで貰った篠原城のパンフレット。
表。
裏。
JR横浜線表谷踏切を渡った所。
この辺りが東端かな。
登って行くと最近分譲された住宅地。
曲輪Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ。
さらに登って行く。
舗装が無くなり雰囲気が出てきた。
曲輪Ⅲ。
立入禁止なのでフェンス越しに。
北側へ入って行く。
空堀があるらしいが草茫々で良く解からず。
戻って主郭周りの空堀。
覗いてみる。
主郭の南側を進む。
曲輪Ⅲは段々になっている。
あれ~、行き止まり。
主郭へ行けず。
戻って、北側から篠原城を見上げる。
ここに説明板があります。
【篠原城址緑地】
篠原城址緑地は都市の中のまとまりある緑地であり、背面の篠原城址緑地を含む丘陵は篠原城と呼ばれる城跡であることが確認されています。
篠原城とは
この背面の丘「城山」は、室町・戦国時代の城跡です。
頂上から斜面にかけて段状に築かれた曲輪(区画された土地空間)や、土塁(土の城壁)・空堀(水の無い堀)などの土でできた遺構(土台)が良く残り、関連する古記録も伝わる横浜の代表的な城跡です。
江戸時代後期に幕府が編纂した『新編武蔵風土記稿』は、鎌倉時代初めの金子家忠、または戦国時代の金子出雲が築いた城としています。
金子氏などの地元の武士と農民が戦争の際の防御・避難目的で城を築き、小机城(現在の小机城址市民の森)とも関連していたと考えられます。
(編纂協力:篠原城と緑を守る会)
地図を拡大。
北側を見る。
東海道新幹線が走っています。
虎口があったとか。
この辺りにあったらしい。
行き止まりの階段。
この辺りは竪堀。
良く解からんし汚い![]()
城下へ下りる。
正覚院の所から登って行く。
正覚院。
墓地の最上段から近づけそうでしたが止めときました。
正覚院上の住宅地。
この辺りも曲輪だったのかな。
主郭の西側辺り。
やはり行けなかった。
篠原城を後にする。
新横浜駅が見えて来ました。
新横浜駅篠原口。
新幹線の駅とは思えない。
「篠原北二丁目」の文字の所が篠原城。
1駅分歩いてしまいました。
かろうじて残っている篠原城でした。





































