登城日 2019年 2月14日(木)晴
難易度 ☆
場所 千葉県印旛郡酒々井町本佐倉
千葉氏の本城です。
毎年秋に行われるようになった酒々井千葉氏まつりの時に訪れようと温存していましたが、日程や天候が合わずズルズルと。
今日行くことにしました。
最寄り駅の一つ、JR成田線酒々井駅下車。
ここから本佐倉城まで、西約2km。
駅から真っすぐ進み、国道51号線を渡った所に築山。
登る。
頂上。
明治天皇が訪れたと云う。
京成電鉄の最寄駅の一つ、京成酒々井駅が見えた。
築山から歴史探索コースを進むと出羽三山碑。
このまま進めば本佐倉城へ行けますが、敢えて遠回り。
坂を下って北へ進む。
京成電鉄の線路際に新堀の双体道祖神。
線路沿いを西へ。
ここを左折。
厳島砦跡を北から見る。
田んぼの中を京成電鉄が横切る。
本佐倉城が見えて来ました。
カンカンムロ横穴群説明板。
厳島砦跡への登城道が解らなかった。
肥前屋敷跡を見る。
肥前屋敷跡下から厳島砦跡を見る。
よそ見注意!
今ココ。
真っすぐ進めば本佐倉城。
まだ行かない。
肥前坂を登る。
肥前屋敷跡は酒々井小学校になっている。
説明板。
酒々井駅古松碑。
説明板。
この近くに酒の井の碑。
また遠回り。
下宿麻賀多神社。
由緒書。
麻賀多神社が数か所あるのが興味深い。
酒の井へ。
説明板。
酒々井の地名の由来。
ここから一気に中央公民館へ。
遠かった。
JRの方は、駅から直接ここへ寄って本佐倉城へ行くのが王道。
勝っタネ!くん。
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模型をしげしげと眺める。
酒々井宿へ戻る。
本佐倉城調査事務所。
ここにスタンプがあればいいのに…
勝蔵院。
説明板。
誰も居ず。
この辺りに東城寺があった。
ここから急坂を下る。
右京館跡を見る。
上岩橋貝層。
いよいよ本佐倉城へ。
下野橋跡。
東山馬場へ。
城山を見る。
東山を見る。
説明板。
国指定史跡
【本佐倉城跡】
本佐倉城は、下総守護千葉氏が文明年間(1469~1486年)に築城し、天文18年(1569年)に滅亡するまでの約100年間、当主9代が居城した戦国時代の城です。
当時水上交通の大動脈であった印旛浦に面し、主要街道が交差する陸上交通の要衝の地に築かれました。
県内最大級である面積約35万㎡の規模を誇る本佐倉城は10の郭から構成され、防御性の高い内郭群は城主のための郭、広大な外郭群は家臣の屋敷地と考えられ、さらにその周囲には城下町が形成されました。
本佐倉城は「土の城」です。
すべて土の造成によって構築された大規模な空堀や土塁、櫓台に守られた郭群や虎口は、現在も明瞭に姿をとどめ戦国時代の城の迫力と息吹を感じさせます。
平成28年3月
酒々井町教育委員会
<本佐倉城跡データ>
規模:東西約700m 南北約800m 面積約35万㎡
国指定:平成10年9月11日
内郭群:Ⅰ郭(城山) Ⅱ郭(奥ノ山) Ⅲ郭(倉跡)
Ⅳ郭(無名郭) Ⅴ郭(東山・東山馬場) Ⅵ(東光寺ビョウ)
Ⅶ郭(セッテイ山)
外郭群:Ⅷ郭(荒山) Ⅸ郭(向根古谷) Ⅹ郭(根古谷)
城下町:佐倉宿・酒々井宿・浜宿湊・鹿島宿
全体図。
いざ!出陣。
イノシシとカミツキガメに注意。
千葉氏が迎え撃つ。
よって右へ曲がって東山へ。
東山馬場を見下ろす。
土塁上へ。
印旛沼を見渡す。
説明板。
東山へ。
まずはここを右へ。
土塁。
尾根を進む。
東山の東端。
ん?
戻る。
東山の北端へ行ってみる。
分岐点を左へ。
空堀。
土塁上を進む。
東山の北端へ。
小さな曲輪。
東光寺ビョウを見る。
空堀?
空堀から東山の東端を見る。
尾根から東山虎口へ戻る。
東山虎口。
説明板。
東山虎口を進む。
門跡。
説明板。
外側から見る。
東山の北端を見る。
東光寺ビョウへ進む。
東光寺ビョウを東から見る。
東山虎口の土塁を振り返る。
東光寺ビョウを進む。
北から振り返る。
説明板。
セッテイ空堀の方へ。
セッテイ空堀を進む。
だんだん深くなっていく。
土塁上を進んで西側の北端へ行ってみたい。
ここ登れそうだけど見送る。
セッテイ空堀で進めるのはここまで。
折り返して竹藪に突っ込む。
縊れて再び登る所。
気を付けて攀じ登る。
セッテイ空堀を見下ろす。
西側の北端付近。
苦労して来たが見所は無かった。
来た道を戻る気になれなかったので、北側へ下りる。
振り返る。
こっちも危なかった。
再び東光寺ビョウへ。
またセッテイ空堀へ。
ここで一周。
今度はセッテイへ向かいます。
(つづく)











































































































