登城日 2017年 1月 7日(土)晴
難易度 ☆
場所 長野県諏訪市四賀桑原
上原城の支城です。
中央本線の車窓から見桑原城。
頼岳寺から大門通を進む。
火燈公園。
説明板。
神戸公民館。
神戸は兵庫県だけじゃないぞ!
正面に頼重院。
諏訪頼重の菩提寺。
参道を進む。
上原城主諏訪頼重公廟所と書いてある。
本堂。
←頼重公墓所。
この石?
こちらだそうです。
諏訪頼重の怨念のために7つに割れてしまった石。
少し進むと桑原城が見えてきました。
四賀桑原の交差点を右折。
足長神社の前を通過。
足長丘公園。
史跡案内板。
遊歩道案内板。
ここを右折。
登城口。
説明板。
到着。
登って行く。
空濠。
進んで振り返る。
東曲輪に登って行く。
石垣?
東曲輪。
礎石?
首塚。
本丸脇を進む。
本丸と二の丸の間の空濠。
空濠の先。
二の丸へ。
二の丸は2つに分かれている。
二の丸から諏訪湖を見る。
高島城が見えた。
二の丸の先端から振り返る。
二の丸から本丸を見る。
堀切に下りて登って行く。
本丸の様子。
城址碑。
説明板。
長野県史跡 諏訪氏城跡
【桑原城】
指定 昭和46年5月27日指
桑原城は一名を高鳥屋城ともいい、諏訪惣領家の本拠上原城の支城として要害をほこった山城である。
甲州街道から約200m北に位置し、本丸は空濠より高さ6m、東西33m、南北25m、面積はおよそ600㎡あり、空濠をへだてて西側の二の丸に続く。
天文11年(1542)7月4日、諏訪頼重は武田信玄に攻められて上原城からのがれ、ここで敗れた。
頼重は甲府に送られ、
おのずから 枯れ果てにけり 草の葉の
主あらばこそ またもむすばめ
の辞世の句を残して割腹し、諏訪惣領家は一旦滅亡したという悲史を伝えている。
いま東光寺(甲府市)に、頼重と弟の大祝頼高が祀る小さな五輪塔2基が建っており、また四賀神戸の頼重院には頼重を祀る供養塔がある。
昭和58年3月
長野県教育委員会
諏訪市教育委員会
桑原城跡略図を拡大。
井戸跡。
本丸からの眺め。
本丸から二の丸を見る。
帰る。
大門通へ戻る。
遠景。
諏訪惣領家最期の地、桑原城でした。

















































