館山城 その2(羽前国) | 三日月の館

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枡形虎口の石垣。

説明板。

出ると竪堀。

北側を見る。

進む。

説明板。

振り返る。

枡形の石垣。

曲輪Ⅰと曲輪Ⅱの間の堀切。

説明板。

随所に石垣。

堀切。

土塁上から見る。

また石垣。

土塁上から曲輪Ⅰを見渡す。

土塁上から曲輪Ⅱを見る。

土塁上から枡形虎口の方を見る。

舘山寺の方を見る。

曲輪Ⅱの南東端から曲輪Ⅰの土塁を見る。

曲輪Ⅱ。

西端の大土塁に登る。

説明板。

土塁上部。

土塁上を進む。

土塁上から曲輪Ⅱを見下ろす。

土塁北端から帯曲輪を見下ろす。

戻る。

下りる。

曲輪Ⅱ説明板。

曲輪Ⅱ北西虎口へ。

説明板。

曲輪Ⅱ北西虎口から出る。

帯曲輪を進む。

説明板。

曲輪Ⅱと曲輪Ⅲの間の堀切。

説明板を拡大。

堀切を流れる東北電力の水路を渡る。

曲輪Ⅲ西側の堀切を北から入る。

土橋。

説明板。

曲輪Ⅲの西側には舘山寺があったとか。

曲輪Ⅲ。

説明板。

南側に高い物見台。

物見台上部。

説明板。

物見台から西側を見ても木が生い茂っていて良く見えない。

これから山の標高が高くなっていくが、どうなっていたのでしょう?

東側、曲輪Ⅱの土塁を見る。

堀切を覗き込む。

曲輪Ⅲを出て堀切を渡る。

帯曲輪を曲輪Ⅰまで進む。

竪堀の所から枡形虎口へ。

枡形虎口。

土塁上から見る。

曲輪Ⅱ南側虎口から下山。

東館。

北館へ。

最初、縄張図を見た時、山上の曲輪とそっくりだったので混乱しました。

家臣団の屋敷があったと云う。

八谷街道を東へ、米沢城を目指す。

途中に説明板。

【舘山城跡(一の坂)】

 

天正15年(1587)、時の米沢城主伊達政宗(当時20歳)は舘山に巨大な新城を築こうとした。

南北に堀をうがち、堤を築いたが、本丸築城までに至らず、天正19年岩出山に移封された。

この堤跡は並松土手と呼ばれている。

 

米沢市

米沢観光協会

 

一の坂を振り返る。

ここが館山平城の東端。

伊達政宗の居城にしては小さいような。

でも、米沢城より見応えありました。

未完終わったであろう館山城でした。