場所 徳島県徳島市国府町
阿波国の国府は徳島市にあったと云う。
阿波国分尼寺跡から東へ。
徳島環状道路を渡る。
この辺りに阿波国府があったと云う。
阿波国総社300m。
国府宮1.5km。
東へ進む。
四国八十八箇所霊場の第十六番札所観音寺。
境内を見る。
この付近に阿波国府の中心があったと云う。
本堂の東側に鎮座するのが阿波国総社。
由緒書。
元は南方500mの所に鎮座していたと云う。
社殿。
安政3年(1856)に近在にあった八幡神社を合祀して再建。
御朱印は阿波国分寺のさらに南の西矢野の宮司宅へ。
遠い…
さらに東へ。
大御和神社の境内が見えてきました。
1.5kmないと思うなぁ~
南側境内入り口。
大御和神社石垣記。
頌効之碑。
拝殿。
拝殿から境内を見る。
稲荷社と若宮社。
御神木の大楠。
社務所。
残念ながら宮司宅はさらに北にある井戸寺の横にあるとのこと。
手水舎。
江之島神社。
池の中心に鎮座。
東側入り口。
由緒書。
【大御和神社略記】
御祭神 大貴己命(大国主命)
由緒
延喜式内小社で、「府中の宮」と親しまれている。
王朝時代、国司政庁が此の地におかれ、阿波国古代の祭政の中枢となり、国府の鎮守として、累代国司の崇敬が厚かった社である。
本社は、国璽の印及び国庫の鑰を守護せられし神徳により、印鑰大明神とも称したと伝えられる。
「印鑰」即ち国司の宮印と諸司の蔵のかぎが紛失せぬように祈り、又神社の中に保管したという。
明治3年大御和神社と奉称し、同5年郷社に列せられ、昭和11年県社に昇格した。
別当寺の千輻寺は撮り忘れました。
駅へ向かう途中の紫橋。
一瞬、ギョっとした。
石碑には川島城が何とかと書いてありました。
阿波国府の全容は未解明のようですが、ここにあったのは間違いなさそうです。
国府町府中。
これでもかー!
JR徳島線府中駅。
「こう」と読みます。
元は「ふちゅう」であったが、江戸時代に徳島藩が「不忠」に通じるとのことで、「孝」に通じるよう読み方を変えたと云う。
井戸寺の方を見る。
御朱印欲しかったなぁ~
のんびり徳島駅へ戻りました。
地名だけじゃなく説明が欲しい阿波国府跡でした。


































