176 一宮城 その1(阿波国) | 三日月の館

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登城日 2018年 5月 5日(土)晴
難易度 ☆
場所   徳島県徳島市一宮町

 

阿波国最初の本格的な石垣の城です。

 

徳島バスに乗り一の宮札所前バス停下車。

ここまでは本数が比較的ある。

バス停脇に城址碑。

バス停の奥に入って行く。

説明板。

【県指定史跡 一宮城跡】

 

一宮城は暦応元年(1338)、小笠原(一宮)長宗による築城とされ、鮎喰川の清流を前に臨み、背後には重畳たる山岳を控える県内最大級の山城跡である。
一宮氏の山城として整備されたが、天正10年(1582)、長宗我部元親の侵攻を受け、また、天正13年(1585)、豊臣秀吉の四国征伐時には、鮎喰川を挟んだ辰ヶ山に陣を構えたとされる豊臣秀長と長宗我部元親との攻防の舞台となった。

同年、豊臣秀吉の命により阿波に封ぜられた蜂須賀家政は一宮城を居城としたが、翌年、徳島城に移ると徳島城の支城(阿波九城の一つ)として、家臣の益田長行に守城させた。

元和元年(1615)の徳川幕府の一国一城令によって、寛永15年(1638)廃城となった。
現在、標高144mの山頂の本丸を取り巻くように、明神丸、才蔵丸、小倉丸、椎ノ丸、水ノ手丸などの曲輪、堀や土塁が遺存し南北朝時代から戦国時代にかけての山城の荒々しさと、それを守っていた当時の武士の剛健な気風をしのばせる。

現地点から約600mで本丸跡に至る。

また、山麓の寄神社周辺は「御殿居」と呼ばれ、城主の居館跡であるとの伝承が残っている。

 

平成21年3月

徳島市教育委員会

一宮城跡保存会

 

絵図を拡大。

もう一つの説明板脇にスタンプ。

ここで続日本100名城スタンプ12城目をGet!

絵図を拡大。

ここで貰えるパンフレット。

地元の保存会の方が定期的に補充してくれています。

有難うございます。

表。

裏。

パンフレット片手に登城開始!

最初は石段。

歩幅が合わず登りにくい。

本丸まで500m地点に神宮寺跡。

一宮神社の神宮寺。

登りやすくなった。

と、思ったらまた石段かいむかっ

本丸まで400m。

ふぅ~

竪堀。

どれどれ。

倉庫跡へ。

倉庫跡の碑。

倉庫跡。

説明板。

戻る。

石垣?

本丸まで300m。

やっぱり石垣。

よそ見して落ちないように。

曲輪へ寄り道。

曲輪。

段々になっている。

戻る。

倉庫跡、新正屋敷跡、天満谷越えは通行止め。

本丸まで200m。

九十九折り。

こんなだよ。

登って行く。

堀切。

虎口。

才蔵丸へ。

才蔵丸の碑。

東屋。

徳島市街方面を見る。

鳥瞰図。

戻る。

才蔵丸を出る。

虎口から先へ。

竪堀。

先へ。

門跡。

ここで左右に分かれる。

右へ行くと明神丸。

周辺案内図。

虎口。

石段跡。

明神丸。

ここには剣山遥拝所があったとか。

明神丸からの展望。

戻る。

明神丸を出る。

今度は門跡を左へ。

帯曲輪。

本丸が見えてきた!

本丸到着!

案内図。

説明板。

本丸の図を拡大。

城址碑。

本丸石垣。

蜂須賀氏の時代に石垣に改修。

ぐるーっと一周。

北東側。

振り返る。

進む。

振り返る。

北西側へ。

進む。

振り返る。

西側。

釜床跡。

南側へ。

南側。

進む。

振り返る。

但馬八木城を思い出した。

進む。

しのぎ積の石垣。

振り返る。

折れになっている。

進む。

振り返る。

本丸へ向かう帯曲輪の道。

一周しました!

 

つづく