備中国府跡(岡山県総社市) | 三日月の館

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場所  岡山県総社市金井戸

 

備中国の国府は総社市にあったと云う。

 

備中国分寺から作山古墳を横目に見ながら国道429号線を北へ。

井出東交差点の一つ北の交差点を右折すると臼井の井戸。

総社の三名水の一つ。

臼井橋を渡り北へ進むと、国道180号線に出る。

最寄のバス停「上林口」。

国道の南側。

備中国府跡の碑が建つ。

碑が建てられたのは大正時代。

国道から北へ少し入って行く。

ここが備中国府の東端だった所と云う。

御所宮の碑が建つ。

説明板。

総社市指定重要文化財

【伝備中国府跡】

昭和58年3月10日指定

 

国府とは、律令制度下の地方都市であり、地方行政官庁の所在地です

また、政治上、軍事上の中心として国司が常駐し、国内統治や京との連絡にあたったところで、政治上、交通上の要衝の地に置かれました。

備中国の国府は、この地にあったと想定されています。

現在、この附近で国府のつく字名、あるいは御所などの字名を残すところは、全て国府域に含まれていたと考えられます。

規模については明らかでありませんが、備中国は上国であるので、一辺が八町(872m)四方の方形、あるいは六町(654m)であったのではないかといわれています。

いずれにしてもこの地は、国府の一部で、その東端に位置していると考えられます。

この附近には、備中国分寺、備中国分尼寺、栢(賀夜)寺、そして総社宮といった古代吉備地方を代表する遺跡が存在し、背後には、堅塁を誇る鬼ノ城が築城されています。

このような要衝の地に置かれた国府は、古代には備中国の中心として、繁栄していたことが考えられます。

 

昭和58年3月

総社市教育委員会

 

鬼ノ城を見る。

望遠で。

伝備中国府跡を後にする。

附近には「国府」に因んだ地名も。

出張?

「ではり」と読みます。

総社市まちかど郷土館で情報収集。

備中国総社宮へ。

 

所在地  岡山県総社市総社2丁目18-1

主祭神  大名持命・須世理姫命

創建    不詳

 

ここは松山藩八田部教諭所跡。

総社と呼ばれるようになる前は、八田部だったと云う。

八田部とは、仁徳天皇の皇妃八田皇女の名代(なしろ)のこと。

鳥居。

参道。

注連柱

参道に回廊。

手水鉢。

回廊を進む。

回廊の東側に沼田天満宮。

脇に笑主神社。

神池。

回廊途中の随神門。

回廊の西側。

琴平神社。

社殿。

説明板。

和霊神社。

説明板。

清正公神社。

説明板。

回廊に戻る。

回廊の東に厳島神社。

社殿。

説明板。

三島式庭園。

後楽園の参考になったと云う。

再び回廊の西側。

忠魂碑。

力石。

説明板。

神楽殿脇の荒神社。

説明板。

神庫。

大神神社。

説明板。

奥へ。

川を渡ると、

宮本町児童公園。

戻って、末社群。

木野山神社と稲荷神社。

木野山神社説明板。

稲荷神社。

池上鎮守。

末社群の鳥居。

末社群参道入り口。

社務所。

本殿。

本殿脇の寄宮。

拝殿にと回廊。

狛犬。

境内図。

備中神楽諸神。

天ノ岩戸開キ諸神。

拝殿から参道の回廊を見る。

手水舎。

参道を東へ。

振り返る。

由緒書。

祇園神社。

説明板。

注連柱

参道南側の心字池。

渡る。

東屋。

参道へ戻る。

北側に車のお祓い所。

東側から境内を出る。

御朱印。

 

最寄駅は東総社駅ですが、総社駅でレンタサイクルを返却して、

伯備線より吉備線の方が先に来たので、岡山駅まで戻りました。

この辺りにあったことは間違いないだろう備中国府跡でした。

 

(おまけ)

 

総社市は雪舟の生誕地だそうです。