107 秋田城(出羽国) | 三日月の館

三日月の館

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登城日 2018年 4月30日(月)晴
難易度 ☆
場所   秋田県秋田市寺内焼山9-6

 

出羽国の国府があった所です。

 

秋田駅または土崎駅からバスに乗って行きます。

秋田城跡歴史資料館前バス停下車。

史跡秋田城跡案内図。

何と、このバス停のある凹んだ所はすでに政庁跡と云う。

この道は旧国道で削っちゃったらしいむかっ

まずは、秋田城跡歴史資料館へ。

資料館が建つ地は寺内焼山といい、秋田城の外郭城構があった所。

元慶2年(878)夷俘の攻撃によって焼かれてしまい、その延焼で秋田城が焼失してしまったことから、焼山という地名が付いた。

秋田「安東氏」研究ノートの説では、ここに湊安東氏の最初の湊城があったという。

ここで続日本100名城スタンプ8城目をGet!

秋田城は城柵です。

館内には素晴らしい模型があります。

秋田城の変遷

① Ⅰ期(天平5年(733)~8世紀中頃)

   「出羽柵」として創建。

   当初は壮麗な瓦屋根の築地塀により囲まれていた。

② Ⅱ期(8世紀中頃~8世紀末・9世紀初)

   天平宝字4年(760)頃に「秋田城」と改称。

   外側の築地塀は瓦屋根ではなくなる。

③ Ⅲ期(8世紀末・9世紀初~元慶2年(878))

   延暦年間の末頃(800年前後)に大改修が行われ、築地塀が材木塀となり、一定間隔で櫓が建てられた。

④ Ⅳ期(元慶2年(878)~10世紀中葉)

   材木塀はより強固なものに作り替えられ、櫓も大きくされた。

   東門は四脚門となる。

秋田城の立地と形。

古代城柵秋田城の終末と中世の秋田城。

秋田城跡から発掘され、復元された小札甲と冑。

それでは政庁跡へ向かいます。

国道敷設で削られているので登って行く。

政庁跡。

北西から見る。

登っていた所を振り返る。

南東隅から北を見る。

説明板。

復元された築地塀。

側面から。

正殿跡から南を見る。

説明板。

北東隅。

説明板。

北東隅から南を見る。

外郭東門。

東門から東を見る。

東門を出た所で北を見る。

政庁跡の模型が展示されている。

政庁とは。

政庁変遷図。

第1期。

説明板。

第2期。

説明板。

第3期。

説明板。

東門を振り返る。

城内東大路へ。

説明板。

城内東大路から東門を見る。

東へ進む。

東大路の復元はここまで。

北側に駐車場。

ここに史跡公園管理棟があり、ここでもスタンプがもらえる。

また道路が寸断むかっ

外郭東門へ。

外郭東門。

説明板。

秋田城跡立体図。

秋田城跡歴史資料館で模型が見れなかった方はここで。

外郭東門から北を見る。

復元前はこんな感じだったのだろう。

南を見る。

築地塀跡。

説明板。

南から復元された築地塀を見る。

外郭東門から外へ。

南を見る。

少し進んで振り返る。

古代沼。

説明板。

東大路はここまで。

説明板。

模型で。

鵜ノ木地区へ。

古代トイレ。

中の様子。

トイレ。

鵜ノ木地区。

説明板。

模型で。

三本柱遺構。

説明板。

戻る。

東大路を寸断した道路を南へ下って行く。

少し下って振り返る。

この辺りが外郭の南側かな?

政庁跡を切り崩してしまった旧国道に戻る。

ここを左へ。

この辺りが外郭南門跡かな?

(もう少し手前だったかも?)

地図で。

城外南大路の脇を南下。

突き当りを右折して、西進。

伽羅橋と馬冷し場。

高野山にある共同墓地へ登る。

菅江真澄の墓がある。

戻る。

東門院跡。

高清水霊泉。

旭さし木&目洗い水。

古四王神社。

由緒書。

 

境内の様子。

摂社田村神社。

拝殿。

御朱印。

この辺りの地図。

模型で。

勅使館へ行けなかったのが心残り。

帰りの新幹線の時間もあるので、ここで秋田駅行きのバスに乗りました。

最後にスタンプ。

出羽国府跡としては訪れたいと思っていましたが、続日本100名城としては…

続日本100名城は安東氏と真田氏の城が多いですね。

 

(おまけ)

 

国府の近くには総社がある。

出羽国府の総社は、秋田市川尻総社町に鎮座する総社神社とも。

境内入り口。

由緒書。

元は久保田城のある神明山に鎮座していた。

今年は戌年。

狛犬。

手水舎。

社殿。

御朱印。

「そうしゃ」と読むそうです。

どうも国府近くにある総社神社ではないようです。