登城日 2018年 4月30日(月)晴
難易度 ☆
場所 秋田県秋田市寺内焼山9-6
出羽国の国府があった所です。
秋田駅または土崎駅からバスに乗って行きます。
秋田城跡歴史資料館前バス停下車。
何と、このバス停のある凹んだ所はすでに政庁跡と云う。
この道は旧国道で削っちゃったらしい![]()
まずは、秋田城跡歴史資料館へ。
資料館が建つ地は寺内焼山といい、秋田城の外郭城構があった所。
元慶2年(878)夷俘の攻撃によって焼かれてしまい、その延焼で秋田城が焼失してしまったことから、焼山という地名が付いた。
秋田「安東氏」研究ノートの説では、ここに湊安東氏の最初の湊城があったという。
ここで続日本100名城スタンプ8城目をGet!
秋田城は城柵です。
館内には素晴らしい模型があります。
秋田城の変遷
① Ⅰ期(天平5年(733)~8世紀中頃)
「出羽柵」として創建。
当初は壮麗な瓦屋根の築地塀により囲まれていた。
② Ⅱ期(8世紀中頃~8世紀末・9世紀初)
天平宝字4年(760)頃に「秋田城」と改称。
外側の築地塀は瓦屋根ではなくなる。
③ Ⅲ期(8世紀末・9世紀初~元慶2年(878))
延暦年間の末頃(800年前後)に大改修が行われ、築地塀が材木塀となり、一定間隔で櫓が建てられた。
④ Ⅳ期(元慶2年(878)~10世紀中葉)
材木塀はより強固なものに作り替えられ、櫓も大きくされた。
東門は四脚門となる。
秋田城の立地と形。
古代城柵秋田城の終末と中世の秋田城。
秋田城跡から発掘され、復元された小札甲と冑。
それでは政庁跡へ向かいます。
国道敷設で削られているので登って行く。
政庁跡。
北西から見る。
登っていた所を振り返る。
南東隅から北を見る。
復元された築地塀。
側面から。
正殿跡から南を見る。
説明板。
北東隅。
北東隅から南を見る。
外郭東門。
東門から東を見る。
東門を出た所で北を見る。
政庁跡の模型が展示されている。
政庁とは。
政庁変遷図。
第1期。
説明板。
第2期。
説明板。
第3期。
説明板。
東門を振り返る。
城内東大路へ。
城内東大路から東門を見る。
東へ進む。
東大路の復元はここまで。
北側に駐車場。
ここに史跡公園管理棟があり、ここでもスタンプがもらえる。
また道路が寸断![]()
外郭東門へ。
外郭東門。
説明板。
秋田城跡立体図。
秋田城跡歴史資料館で模型が見れなかった方はここで。
外郭東門から北を見る。
復元前はこんな感じだったのだろう。
南を見る。
築地塀跡。
南から復元された築地塀を見る。
外郭東門から外へ。
南を見る。
少し進んで振り返る。
古代沼。
東大路はここまで。
説明板。
模型で。
鵜ノ木地区へ。
古代トイレ。
中の様子。
トイレ。
鵜ノ木地区。
説明板。
模型で。
三本柱遺構。
説明板。
戻る。
東大路を寸断した道路を南へ下って行く。
少し下って振り返る。
この辺りが外郭の南側かな?
政庁跡を切り崩してしまった旧国道に戻る。
ここを左へ。
この辺りが外郭南門跡かな?
(もう少し手前だったかも?)
城外南大路の脇を南下。
突き当りを右折して、西進。
伽羅橋と馬冷し場。
高野山にある共同墓地へ登る。
菅江真澄の墓がある。
戻る。
東門院跡。
高清水霊泉。
旭さし木&目洗い水。
古四王神社。
境内の様子。
摂社田村神社。
拝殿。
御朱印。
この辺りの地図。
模型で。
帰りの新幹線の時間もあるので、ここで秋田駅行きのバスに乗りました。
最後にスタンプ。
出羽国府跡としては訪れたいと思っていましたが、続日本100名城としては…
続日本100名城は安東氏と真田氏の城が多いですね。
(おまけ)
国府の近くには総社がある。
出羽国府の総社は、秋田市川尻総社町に鎮座する総社神社とも。
境内入り口。
由緒書。
元は久保田城のある神明山に鎮座していた。
今年は戌年。
狛犬。
手水舎。
社殿。
御朱印。
「そうしゃ」と読むそうです。
どうも国府近くにある総社神社ではないようです。











































































































