茶臼山城(信濃国) | 三日月の館

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登城日 2017年 3月20日(月)晴
難易度 ☆
場所   長野県諏訪市上諏訪桜ヶ丘9496

 

高島城の古城です。

 

高島城へ行った後、上諏訪駅のタリーズコーヒーでひと休み。

目の前の山が気になる〰

しばらく電車も来ないので、茶臼山城(高島古城)へ行ってみることにしました。

旧甲州街道上諏訪宿。

断崖絶壁の上に茶臼山城。

甲州道中五十二里塚。

説明板。

さらに北へ進む。

和洋折衷の住居。

ここから登って行け近道ですが、もう少し先まで行く。

旧諏訪藩ゆかりの庭園、指月庵。

今日は時間が無いのでパス。

湯の脇公民館。

裏手に天神社。

ここに茶臼山城の出城、天神山城があったと云う。

今は削り取られて碑が残るのみ。

天神社から見下ろす。

湯の脇公民館へ戻って、登って行く。

神門?

宝塔?

立ち並ぶ石仏。

西国三十三観音が祀られているそうです。

振り返る。

さらに登って行くと温泉寺。

高島藩諏訪氏の菩提寺。

ここでカメラのバッテリーが切れてしまった…

(予定していなかったので)

以後はスマホのカメラです。

境内に諏訪家の墓があります。

説明板。

全体図。

国指定史跡に指定されました!!

さらに登って行く。

登った所に天神山城があった。

城下を見下ろす。

さらに登って行く。

中部電力上諏訪変電所前。

左、上諏訪駅。

右、茶臼山城。

この辺りから曲輪っぽく見えてくる。

ここは城域。

登った先の交差点に碑と周辺案内図。

碑。

案内図。

さらに登って行くと、茶臼山配水池の所が二の丸。

桜ヶ丘県営住宅が建ち並ぶ所が本丸。

説明板。

【茶臼山遺跡】

昭和27年(1952)に発見された旧石器時代の遺跡。

黒耀石製のナイフ形石器など多量の石器が出土し、群馬県岩宿遺跡の発見後、関東地方以外で初めて発見され、これにより日本列島に広く旧石器時代の遺跡が分布することがわかった重要な遺跡である。

また、刃の部分だけを磨いた蛇紋岩製の「局部磨製石斧」が出土し、縄文時代以前に石を磨く技術によって作られた石器があったことを示すものとして当時の学界に一石を投じた。

なお、出土遺物は市有形文化財に指定されている。

出土遺物指定 昭和47年10月27日

 

【高嶋城(茶臼山城)跡】

文明15年(1483年)の上社と下社の争いで下社金刺氏によって落とされた城として記録に登場する。
武田氏は、諏訪を領有したのち上原城に置いていた統治の本拠を、天文18年(1549年)にこの高嶋城に移した。

ふもとの岡村地区には代官所があったと伝えられている。
天正10年(1582年)に武田氏・織田氏が相次いで滅んだため、当時上社大祝だった諏訪頼忠が回復、金子城に移るまで在城した。

現在、戦国期に諏訪統治の城だったことをうかがわせる遺構はほとんど見られない。

 

諏訪市教育委員会

 

切岸?

南端。

城下の岡村地区には代官所があった。

振り返る。

曲輪の段差が階段で解る。

諏訪市街を見る。

下の道は帯郭?

妄想が働いて、何でも城の遺構に見えてくる。

帯郭のような道を北上。

上諏訪駅が見えた。

手長神社。

この境内に帯郭があるという。

上諏訪駅へ戻る。

対岸から。

説明文にほとんど遺構は見られないと書いてあるのに気になる茶臼山城でした。

 

(おまけ)

 

茶臼山城の北に鉄砲場と呼ばれる出城があったと云う。

数段の曲輪が遺構っぽい。

また電車に乗り遅れてしまったので、待ち時間に片倉館をちょっと。

国の重要文化財です。

片倉館に入っている時間はさすがに無かったので、駅の足湯へ。

最後に上諏訪駅の留置線に並ぶ211系。

この光景も数年後には想い出になるのだろう。