吉高の大桜(千葉県印西市) | 三日月の館

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2018年4月4日(水)晴

 

樹齢300年を超える孤高の一本桜です。

 

最寄駅は、北総線印旛日本医大駅。

線路の北側を成田方面に歩く。

駅から10分ほどで松虫城跡。

北総線建設のために城跡の南側が削られてしまった所を登って行く。

折り返す。

目が城モードになっているので、西側の平地も曲輪跡に見えてしまった。

東側の道は空堀跡かと思ったが、違うかも。

その北側の草叢を入って行く。

写真では解りにくいが、倒木に埋もれた空堀と土塁。

櫓台のような土盛りも。

解りにくい城跡なので退散。

さらに東へ。

吉高の交差点まで来ると、急に人が多くなる。

ここを左折し皆さんの後をついて行く。

周辺案内図。

のどかな風景の中を歩いて行く。

吉高の大桜が見えてきました。

望遠で。

チューリップと。

ハナモモと。

北から望遠で。

吉高の大桜の由来。

北東から大桜へ向かう。

近づく。

もう少し近づく。

もっと近づく。

説明板。

北から。

桜の花。

今年の桜はしだれ桜がマイブームでしたが、ここの桜はヤマザクラ。

木の根元。

菜の花と大桜。

東から見る。

南から見る。

南東から見る。

またハナモモと。

ハナモモもきれいですが、

大桜は立派ですね。

素晴らしい一本桜でした。

吉高の大桜を後にして、周辺案内図の所を直進。

林の中を進む。

遠くに松虫城跡が見えました。

ここを斜めに登って行く。

松虫寺へ。

 

所在地  千葉県印西市松虫7

山号   摩尼珠山

宗派   真言宗豊山派

本尊   七仏薬師瑠璃光如来

創建   天平17年(745)
開基   行基

 

説明板。

【松虫寺の概要】

 

松虫寺は奈良時代、聖武天皇の天平17年(745)僧行基の開創と伝えられ、始め三輪宗、のち、天台宗、そして、真言宗に所属し今日に至っている。

寺伝によれば、聖武天皇の皇女松虫姫、(不破内親王)が重い病に患られた時、不思議な夢のお告により、下総に下向され、萩原郷に祀られていた薬師仏を祈り、重患が平癒したので、天皇は、行基に命じて七仏薬師を刻み一寺を建立し、姫の御名をとって松虫寺と名付けられたと言う。
現在の本尊、七仏薬師如来は榧材の一木造りで、平安後期の特色を伝える優作として、昭和34年、国の重要文化財に指定された。
南面する仁王門、薬師堂は江戸時代、享保2年に改築されたもの、山号額は儒者、佐々木文山、薬師堂の偏額は、釈雲照の染筆である。
西面する本堂は、寛政11年の建立で、阿弥陀如来、不動明王、松虫姫尊像をまつる。
薬師堂の裏手の松虫姫御廟は、御遺言により分骨埋葬されたものと伝えている。

 

平成8年7月 

摩尼珠山、医王院、松虫寺

 

仁王門。

山号の扁額。

薬師堂。

今度は仁王門の東側の入り口から。

入って脇に鐘楼。

突然鐘を撞く人がいてビックリ!

しだれ桜。

見上げる。

しだれ桜の花。

薬師堂を見る。

鐘楼としだれ桜。

薬師堂の東側を進む。

鋳銅鰐口説明板。

国の重要文化財、七仏薬師説明板。

古い様式の七仏薬師は、ここと滋賀県の鶏足寺のみだそうです。

鋳銅孔雀文磬一面説明板。

瑠璃光殿。

奥に松虫姫御廟。

戻って、境内の東側。

六所神社。

下総国府からだいぶ離れているけど…

最後に境内の西側。

印西大師第75番のお堂。

鳥居。

松虫姫神社。

本堂へ。

御朱印を書いてもらおうと思ったが、誰もいないなぁ~

松虫寺の西隣のマツムシコーヒーさんに聞いてみたところ、四脚門に竹の柵がしてあったら不在のこと。

(帰宅後、松虫寺のHPを確認したところしばらく御朱印は書かないらしい。)

それにしても、変わった喫茶店です。

周辺案内図。

北へ進むと杉自塚。

松虫姫の乳母の塚。

駅へ戻る。

松虫姫の荷を奈良から運びこの地にやってきた牛が都に帰ることがかなわず、自ら身を投げ命を絶った「牛むぐりの池」は失念してしまった。

 

(おまけ)

 

駅へ戻る途中のいには野小学校の桜並木。

まだ、新学期始まってないのに…