人間の機能や構造の一部分を抜き出して、「そこにはこの動きが良い」と当てはめ、それを一律に行う(やらされる)のが体操。

 

人間の機能や構造は理解しながら、例えば金田隆佳という個人の感覚や動き、環境などに合わせて、人間を活性化させていくのが身体アプローチ。

 

 

 

機能や構造だけしか見てない人には、目に見える動きは体操も身体アプローチも同じように見えるから、全部体操に見えてしまう。

 

「その人全体」という、目に見えない数値化できないアナログな部分までをもみれるようになると身体アプローチと体操の違いに気付く。

 

 

 

(※↓ここからは僕の考える身体アプローチの哲学っぽくなってくるので、興味のある方だけどうぞ)

 

 

ただ、アナログな部分は、例えば、木は見えるが、木が全身全霊で木であることが見えないように、水もその流れも見えるけど、水はどこまでいっても水であるということが見えないように、なかなか目に見えるものではない。

 

 

やはり自分で気付くしかない。

 

気付くためには体感することが一番だ。

 

実際にからだで感じることで、自分の要求、いのちの要求に気付く。

 

その要求に答えるのが身体アプローチの本質である。

 

そして、患者さんの、いのちの要求を瞬時に察し、必要な部分に必要なだけ手当てできるのが名医、名治療家、名施術家である。