ワルキユーレ 第三幕 三場 7 | 神鳥古賛のブログ

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古典。読めば分かる。

 リヒヤルト・ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の日本語版を作成せんとす。

その第一夜「ワルキユーレ」より第三幕三場。

大神ヲータンはブリユンヒルデを口づけを以て眠らせ、その岩山をローゲの炎以て封じたり、これを以て「ワルキユーレ」の終幕。








「ワルキユーレ」 第三幕 三場





(ウオータン)


 別れぞ、いさをしき、


 晴れ晴れしき子よ矣。


 我が心のいとも神々しき誇り矣。


 別れぞ矣。別れぞ矣。別れぞ矣。


 我れと汝(な)が別れ、


 またとは会はざらめ


 言問ひ言寄するも。


 はやあるべからざれ


 ふたり駒並べ、


 蜜の酒手向けん事も。


 失はれうずる


 汝れ、我が愛せる、


 笑まへる汝が、我が目の幸ちよ。


 嫁入(よめ)りの炎や


 まさに燃え出づべき、


 曾(かツ)て花嫁に燃ゆる無き矣。


 いやちこ熱き


 炎や猛れ岩穂に。


 恐れを貪り


 臆するは遣らはれ、


 なま者の寄り付かぬ


 ブリユンヒルデの岩穂矣。


 たゞひとりのみ解き放(さ)けめ、花嫁を、


 皇神(すめがみ)たる我が身より神さびて矣。


 光りかゞよへる双のまなこ、


 千たびも甘く微笑めれ、


 天晴れ武者振りに


 愛(め)で、口づけせし時、


 あどなき口付きに


 益荒男を褒めし時


 優し唇こそ薫れ。


 光り輝ける双のまなこ、


 千たびも嵐に煌めきつ、


 あくがるゝ希みの


 心を焦がしゝ時、


 世のさいはひを


 請ひ願ひけれ


 荒ぶるおぞき時世(ときよ)に。


 いや果ての


 けふが日に


 つひの別れの


 口づけ為さめ矣。


 幸ちある男よ


 かゞよふ星ぞ。


 幸ちなくして、とはなる者は


 別れ去るべきのみぞ。


 かくして神は


 離れ行く、夢かとも、


 さる口づけに、みたまのふゆもまた矣。


 ローゲよ、聞け矣。


 かしこまり聞け矣。


 見初めし初めは、


 火花を散らし、


 消え去りしみぎりは、


 たゆたふ炎なりし。


 爾を獲らへし


 如くにけふも獲らふ矣。


 燃えよ、くすぼれる炎よ、


 燃えに燃え盛れ、岩穂に矣。


 ローゲよ矣。ローゲよ矣。こゝぞ矣。


 我がするどなる


 槍を恐るれば、あはれ


 この火を越ゆる能はざれ矣。