対話集会2006 靖国・教育・天皇制(12.24)


クリスマスイブの青山学院大学前の東京ウィメンズプラザ(ちょっと奥まっている)で開かれたNPO法人「前夜」の対話集会の報告。行きは地下鉄・表参道で降りたけど帰りは渋谷までおひろいでござんしたよ。


高橋哲哉さんの問題提起を記憶にもとづいて―


前半、高橋さんは、日本が戦争をする国、戦争ができる国になるための三つのこと(三点セットとも言っていたっけ)を列挙しました。

軍隊、教育、靖国です。


防衛庁の省への昇格は、自衛隊法の改正を伴っていて、自衛隊の海外活動が本格任務になった。有数の軍事力だけど、憲法の制約で戦争はできない自衛隊ですが、ちゃくちゃくと日本軍ができつつある。

そして、自衛隊イラク派遣の前に、防衛庁内で派遣部隊に死者がでた場合、靖国神社に祀ることができるか検討されていたことを提起者は例示しました。なんか今年になって報道されたらしいね。

自衛隊にはそういう欲求があるということです。


高橋氏はまた、靖国神社の公式参拝問題は小泉政権の交代で下火になったとの見方に対し、この夏、靖国神社に関して最も危ないシナリオが有力政治家が、公然と語るようになった点を指摘しました。


靖国神社国営化論です。



古賀誠氏、麻生太郎外相などが唱えている。

かつては靖国神社国家護持法案というのが何回も国会に提出され、わたしは神田明神とかの神社に「靖国国家護持法案が成立しませんように」とお願いした覚えがあります。(明治神宮は願い事を書く用紙があるんだよ)

そのご利益か伏姫の冥助か役ノ行者の法力かわかりませんが、靖国神社国家護持は結局はたされず、長く封印され、かわって首相の参拝路線になった。

(「私人ですか、公人ですか」と新聞記者が考えれば変てこな質問をするアレですよ)


小泉政権の六年間、毎回、中国・韓国を刺激しながらの参拝で、靖国神社はすっかり人々の意識に身近になった。パブリシティというこっちゃね。そして、この夏、昭和天皇はA級戦犯合祀に不快感を持っていた。だから参拝しないのだ、という「富田メモ」がスクープされて、首相の靖国参拝もいかがなものかという議論がマスコミにも広がった。

スクープした日経も、朝日新聞も、富田メモをひいて靖国参拝の再考を求めたといいます。

高橋さんは、憲法の政教分離原則によらず、昭和天皇の御心で首相参拝に注文をつけるマスコミの姿勢を、情けないなあ、と嘆きます。


それもあって、麻生外相などの国営化論が力を増した。A級戦犯を外して国営化すれば、中国・韓国もクレームつけないから、首相ばかりでなく天皇もすっきりと参拝できるようになるわけですね。めでたし。めでた・・・くはないよお。


麻生氏は「総理大臣万歳とゆーて死んだ英霊はおらんとばい、みんな天皇陛下万歳と死によったとよ。天皇陛下にお参りしてもらわにゃ」と書いているそうです。(彼の地元の方は、もっと正確な「方言」をご教示ください)


実際には靖国国営化は難しいけれど、国家の意思として戦死者は靖国に祀りたい、という意見がはっきりしてきた。


そして、教育基本法。愛国心という文言を盛るとか書かないとか議論になりました。


「国と言うのは統治機構の意味ではなく、郷土や文化などを含む祖国なんだからいいのよ」という意見もあって、高橋さんはそれを批判します。

法律に書かれる「国」は統治機構の意味であるべきで、この法律(新しい教育基本法)のほかのところでは統治機構、政府と言う意味。

かつての戦争でも、誰も政府や東条英機のために闘ったのではなく、身近な人や郷土や文化といった祖国のために死地に赴いた。国を愛するというのが統治機構を愛する意味ではない、というのは戦争につながる偏狭な愛国心を防ぐことにはならないよ、ということです。



こうして、軍隊とその精神的支柱としての靖国と、国家のための教育とがセットになる。高橋さんは、明治維新、そして帝国憲法を第一とし、戦後の新憲法と民主主義を二番目の転機とすると、教育基本法が変えられ、憲法も「改正」されようとしている今は、日本の近代で三番目の大きな転換点なのに、マスメディアなどの感じ方が鈍いと言っていました。


高橋さんの提起では戦争中の靖国神社の資料映像が映写されました。「アンニョン・さよなら 」というドキュメンタリーで使われた映像です。戦争中の靖国神社に出征兵士の隊列が参拝し、神門から大鳥居の外まで続く大群衆が「万歳」と歓呼の声をあげる短い映像。


高橋さんは、この映像を他の講演でも見せたことがあるそうです。講演後の参加者の感想は決まって、「今の北朝鮮みたいですね」だそうです。

ふつうに実感なのでしょうが、テレビで北朝鮮の軍事パレードなどの画がたえず流されていて、人々にはその影響があるのだろうし、その底には長年の朝鮮半島蔑視あるだろうと、高橋さんは注意を促しました。

でも、ごつい話はここから・・・。


戦前の日本が今の北朝鮮のような人権抑圧国家だったとして、

それを止めたのは誰か

それは日本人自身ではなかった。戦争に負けてその結果、民主主義がもたらされた。


「今の平和は先の戦争の尊い犠牲によってもたらされた」とよく言われる。

この言い方に、他のところでも高橋さんは、日本の戦死者は自由のために闘ったわけではない。侵略戦争する政府に向かって立ち向かったなら、今の平和や自由のために闘ったといえるけど。民主主義や平和は負けた結果もたらされた、とあけすけなことをいうことがあるのだそうです。そうすると、「それは言いすぎでしょ」とむくれる人もやっぱりいるそうな。

でも、高橋さんは、戦後の平和運動や民主主義への努力は重要だけど、平和や民主主義は政府権力から闘いとったものではないよね、という。



高橋さんがそうぶっちゃけたことを言うのは、「市民革命を経験したヨーロッパと比較して」という昔からある舶来尊重の日本社会論というより、光州事件など韓国の経験から思うところが大きいみたい。

光州事件では普通の市民が日常的な同情心や連帯意識から、デモで負傷した人をタクシーの運転手さんが運んだり、病院で手当したりしたそうです。



光州事件って、そんなに昔のことではないよね。

高橋さんは、教育基本法改悪反対の集会で、「教基法が変えられても闘わなくては」と発言して、会場の雰囲気がちょっと変わったといいます。反対運動の4人の呼びかけ人の一人が、「法律が変えられてしまったら」というのはなんだ、ということらしい。

でも高橋さんは教育基本法が変えられても、運動は続くし、憲法改悪されたとしても、闘いは続く。

軍事独裁政権下だって闘わなければならない

と、言います。

話の流れ全体を聞かないで、こう切り取ると「決意主義」みたいに読む人もいるかもしれないけど、わたしが感じたのはこういうこと。

ある政治姿勢や政治勢力などがあって、その時々の課題として教育基本法、憲法、共謀罪などが取り上げられるのではないこと。自由、平等、民主主義というのは常にかちとるもので(政治闘争とは限らず、社会通念や自分の意識だって相手かもしれない)、その継続が民主社会なのだということです。


ともかく、教育基本法は元に戻す運動をしなければ。

あれは終わったことという「NEWS」感覚は、日常普通の道理の世界の判断ではない。



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