先日終了した世界陸上2011韓国テグ大会は、注目度で他者を圧倒したウサイン・ボルトの一人舞台と言ってよいほどであった。
人類史上最速の弾丸ライナーの名を欲しいままにその頂点に君臨し続けているボルトであったが、それ故に男子100メートル決勝のフライングはまさに衝撃的であった。
静寂に包まれるトラック、スタートラインに並ぶボルトとそのライバルたち。駆け引きはそのスタート前から始まっていた。
固唾を飲んで見守る観客たちの視線はボルトの導火線に火を点けるほど熱かった。それが彼にとってのプレッシャーだったのか、それともはやる気持ちを振り切れなかったのか…。
ピストル音が鳴る前に飛び出してしまったボルト、会場に鳴り響く「ボルト、フライング失格」の声、そして静寂がどよめきとため息に変わり、シャツを脱ぎ棄て天を仰ぐボルトの顔が苦渋と無念の涙へと変わって行った。
今大会から採用されたフライング1回で失格という厳格な規則は、感覚派のウサイン・ボルトにとって裏目となる結果となった。
他の選手とボルトの違いは勝負勘である。つまり号砲の鳴るタイミングを予測してスタートを切るのがボルトの走りであり、「稲妻」と呼ばれる所以である。
そのフライングを打ち消すような走りを見せたのが男子400メートルリレー。アンカーのボルトは余力を残すほどの圧倒的なスピードでゴールし、世界最速の称号を不動のものとした。
フライングを制した「堅実派」の勝利ともとれる世界陸上2011であったが、本命と目された選手が次々と姿を消す波乱の多い大会でもあった。
この大会でメダル2、入賞5を下回らない成績を目標に掲げた日本勢であったが、ハンマー投げで金メダルを獲得した室伏広治の活躍が際立ったのみで、入賞はロード種目の4つに留まるという、大誤算の結果となった。
前回メダリストたちの相次ぐ惨敗、期待の大きかった女子マラソンの尾崎好美は18位の結果に終わるなど、ロンドン五輪への架け橋が遠のいている。
そのような敗北感が漂う中で、市民ランナーとして一躍有名になった男子マラソンの川内優輝選手の18位は今後の男子マラソン、特に団体競技に一筋の光明を灯すものとなっており、ロンドンオリンピックでのメダル獲得に期待が膨らむ好結果と言ってよいだろう。
世界陸上と同じくロンドン五輪を目指す『なでしこジャパン』のアジア最終予選の北朝鮮との試合は引き分けに終わるという結果は意外であったが、世界一の称号と国民栄誉賞という重い足枷を引きずりながら戦う彼女たちの姿を見るにつけ、ロンドンへの切符は揺るぎないものではあるにしろ、その先に待ち受ける困難を『なでしこJAPAN』の一人ひとりが享受してこそメダルへの道が開けるものである。
困難は乗り越えられる者にしかやって来ない…この言葉を全てのアスリートに贈りたいと思う。