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2017-02-09 22:38:08

パスホリ かなた。最後のブログ

テーマ:ブログ
パスホリ かなた。最後のブログです。


改めて今まで応援してくれたみんな、関係者の方々、6年間本当にありがとうございました!

何度言っても足りないくらい、本当に色んな人に助けられてここまで活動出来たと思います。


ラストライブで涙を流してくれた方も結構多くいて、それ聞いた時すげー嬉しかったし、本当に愛されてたんだなーと思った。
自分も泣かないつもりだったのに、「青春ホリック」弾いてる時、なんか溢れて涙が出てしまった。今でも思い出すと涙が出そうになるくらいです。


本編最後にやった「永遠のハルモニア」はパスホリの解散が決まった時に作った曲で、最後はみんなが本当に好きな感じの曲が良いよねって話して、みんなからヒントを貰って作ったんだけど、作成してる時は常に解散ライブの事を思ってた。
でも、実際はあの時想像してた光景よりもすげー眩しかった。


あー、6年間本気でやってきた事が終わるってこういう事なんだなーってその時思った。


色んな事があったよ、6年ってすげー長いからね。
札幌で活動し、メンバーも変わり、上京してゼロからの再スタート。メンバーの脱退。バンド名変更。


沢山の人との出会いと別れがありました。
大変な事ばかりだったけど、オレに取ってこの6年間は永遠に一番の宝物です。
最後会場の幕が閉まった後、4人で抱き合ってありがとう、楽しかった!って泣きながら言ったんだ。スタッフとかローディーもみんな泣いてた。


パスホリで良かったと心から思いました。


本当にありがとうございました!



解散から結構経ってしまったし、今更ブログ書くのもどうかなー、とか思ってたんだけど、今回で最後って事で、改めてこれまで活動してきた自分の素直な気持ちとか、メンバーの事とか思い出話的な感じで長ったらしく書いてみようと思います。
あまり文章書くのは得意じゃないので、上手く書けないかもしれないんだけど、こういう事考えてたんだなーとか、こんな事があったんだなーとか思ってくれればって感じで。

自分も思い返しながら書いてくので、ちょっと長くなるかも。。







これから先は時間のある時に、本当に興味のある方だけ読んでもらえれば!









って感じで、







まず最初に、パスホリをようやく客観的に見れる様になった今、改めてパスホリのライブ映像見たり曲聴いたりしてて、素直に良い曲が沢山あるなーと思った。

やっぱ活動してる時は曲を作る時も聞く時もどっかで厳しい目で見てたというか、もっとここはこうした方が良いんじゃないかとか、もっとカッコ良く出来るんじゃないの?みたいな気持ちで聞いてたんだけど、今はすんなり聞けると言うか、おー良い曲じゃん!みたいな感じで聞ける様になった。
きっとみんなもこういう感じで聞いてくれてたんだよね。

元々パスホリを組んだきっかけとしては自分が好きな明るくポップな曲なのに、よく聞くとバンドサウンドがカッコ良い、そんなバンドをやりたかった。
あと、一番のきっかけはサツキだった。実はこれが結成秘話だったりする。

前のバンドでもタキとサツキと一緒だったんだけど、元々いたドラムが抜けるって話になった時、オレの頭の中にサツキが浮かんだ。地元の友達に良いドラムがいる。そういって他のメンバーを納得させて、サツキを地元から呼び出して加入してもらった。彼は当時地元でバンドを組んでてやめるのは無理だと言われたんだけど、1週間ぶっ続けで電話してなんとか説得させて来て貰う事になったんだ。
んで、しばらく一緒に住んでバンド活動してたんだけど、サツキ加入後半年くらいだったかな?割とすぐにそのバンドは解散してしまった。
すげー申し訳ないと思って、サツキに次もオレとバンド組もうって誘った。そん時は二人で本当に良いと思った曲作って楽しくやろうぜって。
だから、オレはサツキが許してくれるまで、サツキがバンドやめたいって言うまで辞めないって思った。

パスホリを作ったきっかけはこんな理由だったんだ。
メジャーデビューしたいとか、武道館でライブやりたいとか、売れたいとか、そんなんじゃなかった。ただ楽しくサツキと一緒にバンドやりたかった。それだけだった。
色々と目標を持ったのは全然後の話。

後からサツキにその事言ったら、解散になったものはしょうがないって感じですんなり許してくれたのは嬉しかった。
地元のバンド辞めてオレと一緒にバンドやって良かったって思ってくれる様に頑張ろうって思ったし、上京して他のバンドからの誘いとかもあったけど全部断った。

だけど、オレは1度本気でパスホリをやめたいと言った事があった。

「キミフロート」を制作してた頃で、個人的に色んな事が重なって本当に辛い時期だった。。
たまたまその時は自分だけ作業が山積み状態で、なんだか自分一人でパスホリをやっている様な気持ちで兎に角孤独だった。メンバーとの距離もちょっと広がってた時期でみんな何考えてるのか分からなくなってた。レコーディングの納期が迫っているにも関わらず状況はどんどん悪くなっていった。
その時くだらない理由でサツキとケンカみたいになった。今となっては笑い話に出来るんだけど当時はオレも追い込まれてたせいなのか許す事が出来なくて結構怒った。みんな別の方向を向いてる様にしか見えなくて、もう誰を信じて良いのか分からなかった。何の為にパスホリやってるのかも分からなくなった時、悔しくて堪らなくて人生で初めて友達の前で泣き崩れた。自分でも驚いた。その時もう限界だと思ってメンバーにLINEした。こんな状態のままならオレはやめたいって。
なんかすげー悲しかった。変わっちゃいけない部分まで変わってしまった様な気がして。

次のライブ後にメンバーと話した。
お互い思ってた事とかちゃんと話せたお陰でその時は一時的に少し楽になったけど、当時はまだちょっと続けていける自信はなかった。前みたいに笑えなくなってたし、ライブを楽しむとかもう無理なんじゃないか。とか思ってた。

それから暫くしてからサツキが改めてケンカしてた件で泣きながら謝ってきた。もう泣き過ぎて正直何言ってんのか分からなかったけど。笑
でも、なんかそれで自分も細かい事気にし過ぎてたのかなってなったし、ちゃんと向き合える環境が作れていなかった事に反省して仲直りした。それでようやくギクシャクしてたバンドの雰囲気も良くなった気がした。

バンド活動してる上でこういう事は良くある話なのかもしれないけど、元々仲の良いパスホリとしては結構珍しい事だった。
6年もあればそりゃ色々問題とかはあったけど、個人的に一番落ちたのがこの頃だったから良く覚えてる。
メンバー含め、色んな人を心配させてしまったなーと反省した。
もちろん他のメンバーも色んな事で悩んだり苦しんだ時期は絶対にあったと思う。バンドを続けるって本当に大変なんだって心底思えた時だった。


そしてあの時、祈里が影で色々フォローしてくれていたのをオレは知っている。
なんだかんだ一番心配してくれてたし、最初に電話掛けてきてくれたのも祈里だった。
関係者からも祈里が心配してるという事を聞かされていた。
誰も信じられなくなった時も唯一祈里だけは飲みに誘ってくれたりとか普段と変わらない対応をしてくれてほんとに優しいなこの人はって思った。多分気を使ってくれていたんだと思う。
彼は途中加入って事もあってか普段そんな意見を言うタイプではないけど、一番メンバーの事を思ってるし、リーダーとしての責任感がある。
前にいたベースはすげー演奏も上手くて面白かったけど、こういうバンドのバランスをちゃんと取ってくれて、常に冷静な判断が出来る祈里が加入してくれてほんとに良かったと思ってる
。いつしかバンドの土台みたいな存在になってた。
東京に来てからは本当に祈里に助けられてた事が多かった。特にサツキは祈里の子供みたいだった、いつも怒られてたね。祈里の方が全然年下なのに。
祈里は歳が離れてるのに全然そんな感じがしなかった。なんというか若々しさがない笑
意外と趣味も合うし、誰よりも酒を飲む様になった。加入当初はカシオレとかしか飲めなかったのに。
元々若かったってのもあってメンバーの中で一番成長があった。パスホリが終わって今後どうなっていくのか楽しみな反面、俺ら3人がいなくてやっていけるかなーという変な親心みたいなモノもある。特にタキには懐いてたからなー。


タキは俺とは間逆の人間だったから一番揉めたなー。特に上京してから方向性の違い的な物で結構合わなかった。二人とも我が強いから全然折れない。だから途中でタキと揉めるのは意味ねーと思って諦めて、二人が良いと思った物だけやる事にした。
タキ以外の3人でハロウィンの夜中にタキの家にサプライズでお菓子とか買って押しかけたら普通に迷惑がられて怒られたのを覚えてる笑。あれも上京後すぐだった。結局タキの家の外で3人で飲んだ。あの頃はみんな純粋に空気読めないアホだった。
気づけばタキとはお互い一番一緒にバンドやってる仲なんだよなー。前のバンドから一緒だから。初めてタキを見た時は良い人オーラ全快でマジでこんな真面目そうな人がバンドマンなの?って思った。基本的に人が出来てて誰からも嫌われない感じだから初対面でも話しやすかった。前のバンドでオレ途中加入だったんだけど、タキに実はずっと前から一緒にやりたくて誰か連絡先知らないかなって思ってたんですよって言われた時マジでこんな事あるんだなって思った。結果それからずっと一緒にバンドやってたんだからすげーわ。
パスホリの曲を作る時は最初の頃は自分がやりたい曲をただ作ってたんだけど、上京してPastel Holicからパスホリという名前に変わってからかな?主役はタキ。タキが歌うんだ。という事を一番に考えて作ってた。だから曲作って実際にパスホリでやるってなってからは常にタキと相談しながらメロディーとか微調整して作ってた。歌詞にすげー拘り持ってる人だったから歌詞は全部タキに任せて、何となくこういう歌詞にしてって依頼をして仮歌詞は一切書かなかった。パスホリは曲が良いと色んな人から言われるけど、この二人の間逆さこそが化学反応を起こして出来たものだと思う。
だからこそ、タキが新たにバンド組んだとしたらすげー楽しみだな。
きっと自分では引き出せなかったタキの良さが出るんだろうなとか思うし、色々話を聞きたくなるね。主催ライブとかの時は差し入れ持って行くわって前に話した。


メンバー3人共、色々揉めた時もあったけどなんだかんだみんな仲良く楽しく出来たし、それぞれ尊敬してる部分がある。この4人だから6年間頑張ってこれたなって思う。
他のバンドからもパスホリは仲良いよねって良く言われてたから実際結構仲良いバンドだったと思う。

来月はみんなで解散旅行するしね!

悩んだけど結果温泉にしました。
オレがプラン組むと決まって雨降るから天気だけが心配だけど。

それからこの前2月5日の誕生日にメンバーとかスタッフとかからサプライズでおめでとうムービーが作成されて来たんだ!あれは感動したわ。
そんな感じでパスホリは解散したけど、それなりに仲良くやってます。



んで、今後の自分ですが、、



一先ず、未定です。



色々と誘いとかも頂いてはいるんですが、もうバンドを組もうとは思ってません。

それはパスホリで上京してから決めました。
これが最後のバンドだって。
だからこそ自分は本気で曲を作ってきたし、納得の出来る作品を残してきたつもりです。
ヘアメイクとかヴィジュアル面でも思いついたものはわがまま言って全部やらせてもらいました。
次があると思って活動したらどこかで余力を残してしまう。それが嫌だったから上京して割と直ぐに覚悟を決めました。
まだまだ出来る事とか、やり残した事とかあるんじゃないかって思ってたら切りが無いので、思わないようにして前に進もうと思ってます。
正直みんなからの手紙見た時とか、ラストライブ終わった後とか、寂しくてまたやりたいって思ったけどね。

ただ、ギターは続けます。
パスホリというバンドをやって来たからこそ自分らしいギターを弾く事が出来るようになったし、色んな人から評価されるギタリストにもなれました。
会いたかったギタリストにも会う事が出来ました。
なのでもしかしたら、セッションとかサポートでみんなの前に現れる事もあるかもですが、基本的にはみんなの見えにくいところでギター弾いてると思います。


またどこかでみんなの耳に自分のギターが届いたら嬉しいな。



パスホリ かなた。としてのブログはこれで最後になります。

もともと二年くらい前からブログを封印してたんだけど、これで本当に最後です。


ツイッターは何かあれば、たまーに更新しようかなーとかは思ってるので、その時はかまってくれ!



自分がギターを楽しく弾けたのも、パスホリという仲間と最高の音楽が出来たのも、みんながいたからです。








本当に今までありがとうございました!






パスホリ かなた。
 
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