栗城史多と書いて、くりきのぶかず、と読むらしい。
こいつは偽物らしくて経歴を盛りまくって出資を集め、シロウトを騙していたという。
山のプロたちに叩かれまくっているという。
そして引くに引けなくなって自分の命でオトシマエをつけるしかなくなった。
須藤凜々花という人物と初めて握手した時に吾輩が見たイメージはこれだ。
バチッと飛び込んできた。真白に見えた。
吾輩は当時の記事にそれを「輝いていた」「眩しくて見えなかった」と書いた。
悪い予感を打ち消したかったのだ。
「こいつには顔がない」
こうして後から言うのは卑怯かもしれないが、ここは卑怯者の島だから咎める者はいないだろう。
ノビーはオイルマンだったと自称しているが経営していた会社の名前を聞かれると「忘れた!」と
清々しいまでに言い張り続けている。
吉野敬介の「お前はバカじゃない」がなければ、現在の吾輩はなかっただろう。
もっとも当時も現在もロクなもんじゃないが、マシな地獄であることは確かなことだ。ノビーとテリー伊藤との対談を雑誌で直接読んだことがある
演出が効いてる、モテたんでしょ?とテリーが際どいコースを突くと
モテなくて有名なんですよ
テリーさんみたいな人ばかりだったらいいのにね
テリーさんみたいな人ばかりだったらいいのにね
そうノビーは当たり障りなく返していたように記憶しているが、なぜか単行本化に際しては
ノビー側からのクレームで丸ごとカットされたという
栗城史多という男はシロウト同然のくせに登山家を名乗り、エベレストに挑戦してしまったという。
それがあまりに無謀だというのだが、無謀ではない男の挑戦などあるのか?
無謀ではない挑戦に男が命を賭ける価値などあるのか?
あえて言おう、
栗城史多、お前は男の中の男だよ!!
男の冒険なんて誰にも褒められないものだ。
意地だの美学だのはせせら笑われるためにあるようなものだ。
栗城史多もまた、生まれた瞬間詰んでいた男なのだ。
走りながら考えるのが男というもので、走り出すと止まれないのが男というものだ。
実力がついてから・・などと生ぬるいことを言っているような男には結局死ぬまで何もできない。
永遠に男になれないのだ。
だいたい男の夢やロマンには必ず後ろ暗い、情けないハッタリがつきまとう。
男の挑戦は99%の失敗が約束されている。
しかし1%の勝機がある限り、それに賭けるのが本物の男なのだ。
栗城は自分の可能性を信じ、それに命を賭けて、そして破れた。
されど自分の可能性を信じて、裏切られ、惨めに敗北していった男たちは
勝ちもせず負けもしなかった者たちより必ず美しい!!
指原莉乃がAKB10周年記念公演で
「一般人時代に東京旅行したとき劇場に行ってみたことがある」
っぽいことを語っていたが、実は指原莉乃はスカウト入団で、関係者に連れられて見学してたって
吾輩は文句言ったりしないよ。
番組、プロレス、企画、というものは作り方があってしかるべきで、
興行である以上は「仕込み」があるのは当たり前のことだ。
だから須藤凜々花がヲタを自称しているが、実は全然AKBを知らなかったことも、
仮に色んな裏事情があったとしてもだよ、自分の可能性を信じて
つらく険しいAKBG山に挑んでいたことは、これは吾輩がこの目で確かめたことだ。
そして凜々花は結婚というオトシマエをつけた。
選挙前だけはおとなしくしておいて欲しい。
特にゆーりの邪魔だけはしないでもらいたい。遊んでもいいけど表に出しちゃいけない。
栗城史多は単独、無酸素と称しながら、シェルパ(助手)達を引き連れて
酸素も常備してあったらしいのだ。それがどうした。
ちゃんと死んでるんだから関係ないだろ。
アイドル界には柱王という、おそらくは男、がいる。
NGTメン、特に荻野由佳を押し上げることに命をかけている狂った男だ。
推しメンに光を当てるために同じCDを何枚も買いまくり、柱を立て続ける挑戦者達は
山を登りきった時、その頂で何を見るのか!?
生き残ろうと思うな!



