何故、太古日本の神代文字は、学校で教えてもらえないのか?その① | kamiyonokioku®をおいもとめ・・・♪

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今回の内容は、我々が義務教育で教わる「歴史」の授業の中で“日本語の成り立ち”を大きく覆すものです。

こういう説もあるんだということを知って、どれが真実かという事はアナタ自身が判断されれば、それで良いのだと思います。
 




 一般義務教育では、今まで日本には漢字伝来以前に文字はなしとされてきました。鹿やイノシシを狩って洞穴で暮らしていた原始時代こそが、日本の始めであるという教え方をしています。


試しに、中学の日本史の教科書を開いてみましょう。今回使用したのは『中学社会 歴史 未来をひらく』(教育出版株式会社,2013年)です。

先ず、P41に次の様に、しっかり記されています。「日本語を表す文字として最初につかわれたのは、中国から伝わった漢字でした。」

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同じく、P39にも次の様に記されています。「ひらがなは漢字の草書体から、カタカナは漢字の『へん』や『つくり』などから発達しました。」
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成る程、文書の中で合計「八文字」の例を挙げて、もっともらしく全ての「ひらがな」および「カタカナ」は漢字から変化していったもののように記しています。

教科書の記載ではありませんが、ネット上で調べてみても、他48音の文字も漢字から変化したとしています。
平仮名
 
片仮名

カタカナにおいても同じ論法です。一見もっともなこの説ですが、ツッコミところは多々あります。「ひらがな」「カタカナ」では、モデルとなっている文字が異なっているのは何故か?ということであったり、変形の説明がかなり苦しいものもあります。そもそも省略文字をわざわざ二種類の体系も造らなければならなかった理由もわかりません。

現在の中国においても、古代伝来の正式な漢字「繁体字」(現在では主に
臺灣や香港、華僑が使用)とは別に、教養に触れる機会が少なかった市民層に向けて、より単純でシンプルな省略文字「簡体字」が、中華人民共和国建国された1956年に制定されています



これも漢字の省略文字ですが、「ひらがな」「カタカナ」のように2体系あるわけではありません。折角シンプルにしたのに、2体系もあったら、またややこしくなってしまいます。



では、義務教育の教科書が断言するように、本当に
「日本語を表す文字として最初につかわれたのは、中国から伝わった漢字でした。」なのでしょうか?



論より証拠。以下をご覧下さい。
大分県国東郡国東町神代岩倉2

国東半島神代岩倉
上の写真は、大分県国東郡国東町の山中にある磐座に彫られている古代文字(ペトログリフpetroglyph)です。ちなみに磐座とは世界中にある霊山や聖なる山と呼ばれている山(古墳を兼ねている場合が多い)の頂上付近によくみられる巨石のことです。彫られている古代文字を日本では「神代文字」と呼びます。
求菩提山福岡県豊前市
 上の写真は、岡県豊前市求菩提山中の磐座に彫られている神代文字(古代文字)です。
雨宮龍神社の磐座
これは滋賀県東近江市五個荘石馬寺にある磐座に彫られた神代文字です。
 
宮城県気仙沼市の唐桑半島先端にある御埼神社
宮城県気仙沼市の唐桑半島先端にある御埼神社にある神代文字(古代文字)の石碑です。 
神宮文庫
最後にこれは、伊勢神宮の神宮文庫に収められている奉納文です。

『伊勢神宮の古代文字―ついに現われた幻の奉納文』 (丹代 貞太郎・ 小島 末喜著、1977年)には以下の様に記されています。


伊勢神宮に現存する奉納文は、これまで確認されたものだけで99点あります。
 
その大部分は藤原鎌足や稗田阿礼、和気清麻呂、菅原道真、平将門、源義経、木曽義仲、後醍醐天皇といった歴史上名高い人物で占められていて、また「古事記」をまとめた太安麻呂や「日本書紀」の編集者・舎人親王なども名を連ねています。

これらの奉納文は、奈良時代から江戸時代中期にかけておよそ1000年年間にまたがり、それぞれの時代に伊勢神宮へ参拝した著名な指導者たちが、さまざまな思いをこめて納めた大変貴重なものです。


漢字が使われていた時代にどうしてわざわざわかりにくい神代文字を使用したのか不思議に思われるところだが、宮司によると、太古日本の神々は外来の宗教と外来の文字を嫌われたので、神前への奉納文は神々の好まれる神代文字で書かれるのが慣例だったという。


と、このように現在の義務教育では、「漢字」と、それから派生した「ひらがな」と「カタカナ」しか無いように記されていますが、現に日本中から、いつの時代のことかもわからないような古代文字が物的証拠として古来より残されている訳です。

さあ、アナタはこれでも教科書の記述を全面的に信用できますか?


では続いて、日本には漢字伝来以前に文字はなかったとされるようになったその歴史をみていきましょう!