2017年08月09日

メアリと魔女の花(ネタバレ)

テーマ:新作映画(2017)
※今回の記事は、本作が好きな方は確実に不快になるので、読まない方が良いです。




メアリと魔女の花

メアリと魔女の花

2017/日本 上映時間102分
監督・脚本:米林宏昌
原作:メアリー・スチュアート
脚本:坂口理子
プロデューサー:西村義明
作画監督:稲村武志
作画監督:補井上鋭、山下明彦
動画検査:大谷久美子
色彩設計:沼畑富美子
美術監督:久保友孝
美術デザイン:今井伴也
CG監督:軽部優
撮影監督:福士享
映像演出:奥井敦
アフレコ演出:木村絵理子
音響演出:笠松広司
音楽:村松崇継
主題歌:SEKAI NO OWARI
制作:スタジオポノック
声の出演:杉咲花、神木隆之介、天海祐希、小日向文世、満島ひかり、佐藤二朗、遠藤憲一、渡辺えり、大竹しのぶ
パンフレット:★★★(620円/オーソドックスな邦画アニメのパンフ。値段が少し安くていいね)
(あらすじ)
無邪気で不器用な少女メアリは、森で7年に1度しか咲かない不思議な花“夜間飛行”を見つける。この花は、魔女の国から盗み出された禁断の花だった。一夜限りの不思議な力を得たメアリは、魔法大学“エンドア”への入学を許されるが、あるうそをついたことから大事件に発展してしまい……。(以上、シネマトゥデイより)

予告編はこんな感じ↓




40点


気がつくと“魔女”絡みの作品の感想が3本ほど溜まっていたので、今日から唐突に「真夏の魔女映画祭り」として、3日連続で魔女映画の記事を更新いたします!m9`Д´) ビシッ で、本作の話をすると、「スタジオジブリの元スタッフたちが手掛けた」ということで、応援の意味も込めて前売り券を購入しましてね。7月に新宿ピカデリーで家族と一緒に途中まで観て、8月1日=映画の日にTOHOシネマズ渋谷「ザ・マミー 呪われた砂漠の王女」と勝手な2本立てにして、鑑賞いたしました。切ない気持ちになりましたよ… (´・ω・`) ションボリ


新宿ピカデリーの時は満席でした。
5番スクリーン

TOHOシネマズ渋谷も遅い上映回の割にはほぼ埋まってたような。
4番スクリーン


最初にあらすじを雑に書いておくと、映画は“赤毛の魔女”が魔法の施設っぽい場所からホウキに乗って脱出→施設が爆発した衝撃で森に落下するシーンからスタート。で、場面変わって、「変わりたいなぁ… (´・ω・`し」と自己嫌悪で悩む赤毛でドジッ子のメアリが“外国っぽい田舎の村”に引っ越してきまして。ある日、猫に導かれて森の中で“夜間飛行”という花を見つけて、その翌日、また猫に導かれて森の中でホウキ(“赤毛の魔女”が乗っていたもの)を見つけると、“夜間飛行”を潰すことで1日だけ魔女パワーをゲットだぜ!ヽ川`Д´)ノ ウォォォォ! その影響でホウキが発動→空に浮かぶエンドア大学に行ってみれば、そこでは魔法を教えてまして。メアリは“夜間飛行”の力で巨大な魔力を見せつけることで、「赤毛は最高」やら「100年に1人の天才」やらと超チヤホヤされて、まんざらでもない気持ちになるのです 川`∀´) オホホホホホ

ところが、大学の校長マンブルチュークに「“夜間飛行”のおかげ」だと見抜かれてしまい、ウソをついて誤魔化したせいで、「イヤな奴!川 ゚д゚)、ペッ」と思っていた同年代の男の子ピーターがさらわれちゃいまして。解放の条件として“夜間飛行”を要求されるから、さぁ大変! メアリは、ピーターを助けるべく、“夜間飛行”の力を使ってエンドア大学に乗りこむと、アッサリ騙されて監禁されたり、マッドな博士が動物を使って変身魔法の実験をしていたことを知ったり、ディスペル(解除魔法)を発動して動物たちを元の姿に戻したり、脱出に失敗してピーターがまた囚われの身になったり、大叔母のシャーロットが映画冒頭に登場した“赤毛の魔女”だったことが判明したりしましてね。

なんだかんだあって“夜間飛行”の力を失いつつも、「魔法がなくても頑張らなくちゃ!Σ(゚д゚しハッ」と気づいたメアリが、動物たちの力を借りて大学に再度乗りこんでみれば、ピーターが“夜間飛行”をふんだんに使った変身魔法の実験台になっていて、案の定、暴走しちゃいましてね。最終的には、ピーターと協力してディスペルを発動→“夜間飛行”の力を無力化すると、「もう魔法の力なんていらないわ! 川`∀´) オホホホホホ」ってな調子ですっかり上機嫌。エンドクレジットでは、村にすっかり馴染んだメアリが自転車に乗ったりして終わってた気がします、確か。


エンディングで流れるSEKAI NO OWARI「RAIN」を貼っておきますね↓




さて、なんで本作を2回も観たのかと言うと、1回目は奥さん&娘のマナ子(仮名/当時5歳)と観に行ったら、途中で娘が「怖い… (ノω・、し」とグズりましてね。最近は「アンパンマン」の劇場版なら暗い場内でも最後まで観られるようになったし、スタジオジブリ作品もDVDでそれなりに観ているので、このぐらいなら大丈夫かとチャレンジしてみたら、まだ無理だったようで (´∀`;) ゴメンネ 結局、“赤毛の魔女”の正体が大叔母のシャーロットだったことがわかるあたりで劇場を後にしたんですが、映画&チケット代よりも家族を優先できる自分を誇らしく思ったりしましたよ(どことなく家族への愛が薄そうな文章)。

で、その「途中まで観た時の感想」は、「それほど悪くないじゃん (´∀`)」という感じでしてね…(遠い目)。というのは、映画仲間のはちごろうさんから「既視感バリバリ」と聞いていただけでなく、そもそも予告編から既視感全開であり、ネットには「メアリ 既視感」のワードが大量に漂っている状況なワケで。「魔女、ふたたび。」というキャッチコピーやスタジオポノックという社名にも、逆に“開き直った清々しさ”を感じた僕的には、「既視感が溢れてても面白ければいいヨ (´∀`) イインダヨ」と思い始めてたし、赤毛にコンプレックスを持つメアリが「赤毛のアン」と重なったのもあって、結構好意的に観られたんですよね、“途中まで観た1回目”は。

だがしかし、「早くあの続きが観たいなぁ (´∀`)」といった気持ちで2回目を観てみれば、つまらなかったからビックリしたというか。なんて言うんですかね、1回目はちゃんと覚悟していた分、ダメージが浅かったんですけど、2回目は「① 逆に期待値が少し上がってしまった」「② 起きることをある程度知っていた→細部を冷静に観てしまった」「③ クライマックスの展開に乗れなかった」などの理由により、好意ゲージがグングン減る状況に陥ったという不思議。観終わってみれば、非常に言葉は悪いけど、「宮崎駿監督作の劣化コピー」という印象でした。昨日読んだ読売新聞の西村義明プロデューサーへのインタビュー記事「記者の『好き』が暴走したのか、“『好き』の皮をかぶせた悪意”をぶつけているのか?」という気持ちになって面白いんですけど、「『メアリと魔女の花』を褒めるこの記者が好きなジブリ作品って、『ゲド戦記』とか『借りぐらしのアリエッティ』とかなのかな?」って思っちゃうほど、本作は僕に合わなかった。

なんか、全体的に雑じゃないですかね。例えば、「魔法使いは何ができて何ができないのか?」とか「魔法使いは世間的にどういう存在なのか?」といった部分が曖昧だから、「魔法を使ってメアリを尋問すればいいじゃん」とか「メアリの家に乗りこめば良くね?」とか「そもそも魔法で“夜間飛行”を探せなかったの?」とか大人げなくツッコミを入れたくなるシーンが目白押しだったけど、「子ども向けの寓話だから許してね」ってことなんでしょうか。それと、“夜間飛行”は原発やら軍隊やら“人間には制御できない力のメタファー”ということで(「想定内」とかそれっぽい台詞が出てくる)、メアリの「魔法に頼らない」という決断自体は嫌いじゃないんですけど…。それを扱う校長と博士がバカにしか見えないから、「制御不能な力」というよりは「ちゃんとした人たちが管理すれば有効なエネルギーになるんじゃないの?」レベルのものに思えて、微妙に乗れなくて(実際、メアリが個人で使う分には何の害もなかったワケだし)。つーか、クライマックスのメアリは「魔法に頼らずに自然の力で立ち向かいました」ヅラでしたけど、そもそも「動物たちが積極的に助けてくれる展開」自体が魔法のようなものなんだから、その不思議な恩恵を受けた彼女がドヤ顔で魔法を否定するのは居心地が悪かった…って、伝わるでしょうか。

終盤、校長と博士をどことなく「本当は悪くない人」的に描いたのもスゲー不快。「人にはいろいろな面がある」といったことだと思いますが、あいつらは子どもを拉致して人体実験するクズの中のクズですからね。もしかすると僕が見逃したのかもしれませんけど、校長と博士が“過去の実験で死んだっぽい少年”を悼む描写があったりとか、「早く大人になって母親をラクにさせたい」と言っていたピーターの方から実験を志願するとかだったら、まだ1万歩譲って飲み込めたかもしませんが…。そんな描写もなくて、何の罪もない子どもを誘拐→監禁→実験台って、混じりっ気なしの“悪党”の行為であり、動物に囲まれて「ひぃ!」みたいな面白ムードで終わらせるなんて、まったく納得いかないです。

ただ、何よりもキツかったのは、アニメとして気持ち良い場面が少なかったこと。例えば「崖の上のポニョ」なんて、お話自体は何が何やらだけど、「ポニョが波の上をダッシュするシーン」のスゴさだけでオトク感があるじゃないですか。宮崎駿監督作の場合、登場人物が空を飛ぶだけで気持ち良かったりするじゃないですか。スタジオジブリ絡みじゃなくても、昨年の「君の名は。」「この世界の片隅に」とか、今年観た「夜は短し歩けよ乙女」だって、そういう「アニメとして気持ち良い場面」がちゃんとあったんですけど…。まぁ、あくまで僕の感覚でしかありませんが、本作にはそういうシーンが少なくて。魔法を使うシーンとかは良かったものの、飛行シーンには全然ドキドキしなかったし、逆にメアリのドジッ子描写の不自然さとか(コップすら受け取れないって…)、猫が目的地まで連れて行く展開が2回あったりするところとか、おどけキャラのフラナガンがまったく活きたキャラに見えなかったりとか(なにアイツ)、宮崎駿監督作と絵が似てる分、物足りない部分が印象に残ってしまった次第。


このアントニオ猪狩のような気持ちになれるシーンが少なかったのです(「グラップラー刃牙」より)。
いい気持ちだ......


って、文句ばかり書いてしまいましたが(汗)、好きなところもありまして。メアリには自分の娘を重ねて観てしまったので、赤毛をからかったピーターに関しては「死の翼触れるべし!m9`Д´) ビシッ」と呪いをかけつつも、「マナ子も大きくなったら、いろいろなコンプレックスを抱いて悩んだりするのかな… (´・ω・`)」とシンミリしてね。だから、エンドア大学で褒められて自分への肯定感が高まるくだりは結構好きで、「良かったねぇ… (ノω・、)」と涙が出ました。それと、メアリが自室で校長の物真似をするくだりはなかなかキュートだったりして、なんとなく「米林監督は『思い出のマーニー』みたいなの撮れば良かったのに」なんて、詮無きことを思ったり。


赤毛をバカにする男には石版を叩きつけるのが世の習い(「赤毛のアン」より)。メアリにもやってほしかった…って、どうでもいいですかね。
石板ストライク


いや、僕だって別に文句を書きたいワケじゃないのです。幼いころから慣れ親しんだ宮崎駿御大のアニメの新作が次あたりで最後になるっぽい現在、スタジオジブリっぽい絵柄で、スタジオジブリっぽい映画が作られて、それなりに面白かった上で経済が回れば、そりゃあうれしいじゃないですか。だからね、エンドクレジットは切なくて泣けた。米林監督が、スゲー重圧の中で挑戦して、負けたんだなぁって思うと、大事なプレゼンを失敗した自分が重なったりもして、胸が痛かった。昨年、庵野秀明監督は凄まじいプレッシャーの中でホームランをかっ飛ばしたけど、そんな風に上手くいくことの方が珍しいワケで。つまらないのが切ないのじゃなくて、つまらないと思うことが切ないというか…(どことなく大事MANブラザーズバンドな文章)。米林監督、次は自分の土俵で戦えると良いですな。


エンドクレジット、「RAIN」が心に染みたので、思わずCDを買っちゃったのでした。
主題歌のCD


おしまい。




米林宏昌監督作。こっちの方が全然良いと思う。僕の感想はこんな感じ



つい買っちゃった主題歌。とても良い歌だと思います。



サントラ。ちゃんと主題歌が入ってるあたり、良いですな。



メアリー・スチュアートによる原作小説。



絵コンテ集を貼っておきますね。








いいね!した人  |  リブログ(0)

カミヤマさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります