とうじ蕎麦と野麦峠 | 峠の我が家

峠の我が家

我が家から峠に峠から峰に、そして帰るべき我が家を中心に足跡を残そう。


テーマ:

久々の3日連休、当初はテントを持って南アルプス北沢峠を基点に千丈、甲斐駒の予定でしたが

9日は朝から風が強く午後から雨が激しくなりそう。
もと姫も楽しみにしていたので、とりあえず紅葉ドライブと乗鞍へでも行ってみよう。

テント持参なので適当に何処かで泊まればと到って気楽なドライブ。

松本まで来ると雨音が激しくなり「オト~さん、何処か宿捜そう?」と意気消沈のもと姫。

目に入ったのが、「奈川新蕎麦祭り」の看板「では奈川へ行って何処か探そう、それと以前から行ってみたかった

「野麦峠」を歩いてみよう、と言う事で意見がまとまり奈川温泉へ方向変え。


乗鞍、上高地のあまりに有名な観光地が近隣にあるので、奈川温泉は静かだと思ったのだけど・・

電話で捜す旅館はすべて予約で一杯、最後にあたったのが「ウッデイ・もっく 」さん

雨中の天幕も取りやめ、今夜の宿も決まりやっと安心して奈川名物「とうじそば」で遅い食事。

峠の我が家

これが本当に美味しいでした。熱々のきのと山菜と鳥だしのスープに新蕎麦をサット湯がき、具と汁をいれ

わさびを足して頂きます。冷えた身体もホカホカと暖まり、もと姫念願のとうじ蕎麦でご満悦です。

      峠の我が家

お腹も一杯になり、今夜の宿「ウッデイ・もっく」さんに向かいます。

下調べも無いので、どんな所かワクワク(少し怖い)。

良く手入れされた緑地と古い木の建物、どうも公共の施設らしい。

一泊\7,700(2食付)を予約したけど、客の気配は無い。

恐る恐るロビーの受付に行くと、可愛らしい女性の応対。

電話では暗い感じの叔父さんだったので、これで少し気持ちが明るくなる。

峠の我が家

客室は宿泊練とログハウス、お薦めのログハウスに決める。

テレビが無いと言う事だけど、実は2人とも読書用の読みかけの単庫本を持参。

たまにはテレビ無しで時間を過ごそうという事になりました。

食べ物飲み物も持参なので、素泊まり(¥4,500)でも良いのだけど、何かおねーさんに悪い気がして。
峠の我が家
いや~これが良かったです。と言うのも結局泊まりは2組のみ。

宿泊練に泊まったご夫婦、シーンと静まり返った無人のホテル程怖い物無いと朝こぼしてました。

トイレも外トイレなので、ログはキッチン、風呂、トイレ付きでした。

本当に久々に本を読んだり、ラジオを聴いたり会話をしたり、雨音を聞きながらのんびりしました。

それと、ここのお風呂実は天然温泉です。広い清潔な浴室と、柔らかいヌルヌルのアルカリ泉質。

多分今まで入った中では自分のベスト10にランクされる程素晴らしい温泉でした。

宿のおね~さんに聞いたら、「そうなんですよね、美人の湯と言われてます。でも宣伝不足のせいか

結構穴場だと思うんだけど」
是非続けて貰いたい施設ですね、夕飯も食べきれない程(料理はイマイチだけど、とうじ蕎麦が出ました。

残った汁での雑炊は最高でした)

峠の我が家
翌日は雨もあがり緑と紅葉が眩しいです。
峠の我が家
気持ち良い朝風呂に入り、朝食を頂き野麦峠に向かいます。

峠の我が家

最初はこの旧野麦峠を歩く予定でしたが、旧道のわさび沢が昨日の雨で川の様。

軟弱夫婦は入り口をちょこっと歩いて車で峠に直行しました。

      峠の我が家

峠に着くと目に入るのが山本茂美原作の女工哀史「あゝ野麦峠」のみねの像がある。

病気になった工女みねが兄に背負われ錦秋の峠を越える、峠で「あゝ飛騨が見える」と息を引き取る場面は

大竹しのぶが演じ、あまりに有名な場面です。

峠の我が家


峠の我が家
「お助け小屋」の横から石畳の旧道を上ると展望台がありますが、あいにくの雲で乗鞍は見えません。

峠の我が家

信州方面は雲がとれそろそろ秋本番の風情です。
峠の我が家

そんな景色の良い木立の中に政井みねさんの碑がありました。

この碑、実は当時日活で企画した映画化だったのですが、実現できず

主役予定だった吉永小百合さんが、下見に何度も足を運んだ記念に資金を贈り建てたそうです。
(映画化は大竹しのぶ主演で昭和54年に新日本映画で実現しました)

峠の我が家
まだマツムシソウが旧道のあちこちに咲き、女工達が歩いた街道を想い偲びます。

峠の我が家
昔の峠辺りに「あゝ野麦峠」の碑があります。

峠の我が家

そのすぐ側に珍しい一等水準点を見つけました。

千代田区にある日本水準原点を基準に標高を決めた、一番高い所にある水準点だそうです。
明治36年に設置されたそうで、工女達もこの石を見ながら峠を行き来した事でしょう。

      峠の我が家

まだ紅葉には少し早かったけど、峠はそろそろ色付き始めています。

峠の我が家
峠を少し下り振り帰ると折りしも雲が取れ、乗鞍岳が見えました。

峠の我が家
来る時に気が付かなかった当時の凍死の為の避難小屋「石室」が復元されていました。
峠の我が家


       峠の我が家

野麦街道の路傍のそこはかに佇む道祖神がありました。

信州と飛騨を結ぶ往年の峠道、そこには正月の寒ぶりを運んだりの生活としての街道があった。

12歳から親元を離れ、遠く信州岡谷の生糸工場で夜昼なく働いて生糸の輸出に貢献した少女達の悲しい物語も忘れてはならない。

今は上高地、乗鞍の喧騒から遠ざかり、訪れる人も疎らな静かな峠道となっていました。

後数日で、政井みねが死の間際に見た錦秋の紅葉で覆われようとしています。



たかさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス