ライビュではなく、羽生選手のいる同じ場所で その様子を目にし、太田氏の筆が より自在に「プロローグ」を映しとっている印象を受けました
白皙の額に心なしかほほがこけ、眼のふちが紅く、視線が硬い。ものすごく緊張しているように見える.... と太田氏が心配するように、実際、羽生選手はものすごく緊張していたのでしょう
それが、滑り出すや一転、次々とジャンプを決めていく
八戸の「SEIMEI」の見事さは、横浜を凌ぐものでした
その素晴らしさを描く太田氏の筆も、冴え渡ります
羽生の滑りはひと蹴りのなかにも緩急があって、時には激しく、時にはささやくように、歌うような、奏でるようなストロークで物語を刻んでいく
不思議なことに、着氷の音も聴きとれなかったと言う、まるで この世のものではないような「SEIMEI」は、初演から7年の時を経て、進化の最後の時を迎えていたのかも知れません
「いつか終わる夢」を語る文章も、とても流麗で、羽生選手の演技を浮かべながら、私は
文そのものにも酔いました
ひとつのジャンプも複雑なステップもなく、流れるように、飛翔するように氷上を行く羽生。
プロジェクションマッピングの光が彼を取り囲み、森となり、底知れぬ水となり、渦となって物語の世界を映し出す。それはファイナルファンタジーの世界であると同時に羽生の心象風景でもあるようだ。
リンク上に浮かぶ幾つもの言葉は、太田氏の目に、羽生選手の足元から湧き出し、波のように押し寄せてくる ように見えたと言います
リンクは揺れ動く流体となり、深淵に潜む何かがキラキラとうねる。水面下のうねりと散乱する光を操るように羽生が漂ってゆく。水底の深淵と光に満ちた空間。羽生は異なる2つの世界の境界を司り、行き来する神だろうか。
様々な表情を見せるリンクと、その上を漂うように滑る羽生選手に、否応なく引き込まれていく様子が窺えます
プロジェクションマッピングは、筆者が言うように、その場で、全身で感じることでしか伝わらない部分が大きい のかも知れません
それでも....
このように豊かな表現で、現地で感じたままを活写してもらうと、映像でしか見られなかった自分にも、その場の空気のようなものが伝わってきます
横浜と八戸、ふたつの「いつか終わる夢」を、また見返してみたくなる美しい文章でした
シェアして頂けたことへの感謝と共に、コラムの続編を待っていたいと思います
(記事中の画像は、すべてイメージです)
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