HulaとHawaiiの日記

HulaとHawaiiの日記

1995年にハワイへ移住。フラを中心としたハワイでの生活日記です。

フラを初めて来年で30年。

私は幼い頃から踊りをしていたので

踊り始めてからは今年で46年(笑)

自分の人生の中で踊るという事がほぼほぼ占めている。

30年を目の前にして、私のDance History を

気ままに書いてみようと思う・・ 

⑮を読まれていない方は、こちらから先にどうぞ。

 

 

 

 

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⑯ダンスの仕事-マンボのま

 

 

先輩達と色々なオーディションを受け、

バックダンサーの仕事、

イベントの仕事、TV関係、舞台など

学校へ行きながら、

単発の仕事をこなしていました。

 

ほとんどの仕事は、ある程度の

打合せがあり、稽古ありなので、

焦る事もなく仕事が出来ていました

が。。。

 

この仕事だけは

ちょっと違った。

 

それはね。

急遽先輩に頼まれて

子供向けの教育ビデオの

撮影の仕事を受けたの。

(まだビデオです:笑)

 

前日に、明日行ける?みたいな軽い感じ。

内容もはっきり聞かされないまま、

翌日撮影所へ。

 

時間通りに到着したんだけど、

すぐさま、控室へ連れていかれ、

ヘアメイク、衣装さん達に囲まれます。

 

恐らく、巻いていたんだと思う

(予定時間より早くなっている事ね)

 

子供向けの教育ビデオと

聞いていたけれど、

なんだかサンバ?

リオのカーニバルともいえる様な

衣装・・・・?

一杯詰め物も入れられました(爆)

 

そして、打合せも無く、

1階のスタジオへ。

 

小さなスタジオに

大勢のスタッフ。

 

大勢の視線を浴びながら、

挨拶をした後に、

監督から、

じゃあ、マンボね。

と一言。

 

”マンボ?”

と聞き返す間も無く。

 

曲が流れます。

30秒ほどの時間の中・・

 

これか・・・

これってマンボ?

マンボってどんな踊りだ???

(全て心の中)

 

すぐさま、

じゃあ、

本番行きま~す。

 

考える間も無く、

この30秒を踊ります。

マンボッ!

 

そして、監督。

 

OK!

今踊ったやつ、

同じのを3回踊れる?

 

私(心の中)

いや即興だしー汗

 

と思った瞬間に

監督さん。

 

”あ、いいや、

こっちで分身の術にするから”

(編集で増やしてくれるらしい)

 

お疲れさん!

 

との言葉。

 

あっという間に撮影終了。

 

こんなに早い仕事は

初めて。、

そして、マンボに驚かされた仕事。

 

この時の事はね。

30年近く経った今でも鮮明に覚えてる。

勿論、踊りは忘れているけどね・・・(笑)

 

後日、このビデオは

私の元へ送られてくるはずだったけれど、

それは何かの手違いか、

受け取る事はありませんでした。

*勿論、今も見ていません。

 

しかし。。。。

恐ろしいことに。

撮影してから数か月後・・・

実家の母からの電話で、

その内容が明らかに・

 

なんと!

ご近所さんが

このビデオを購入したらしく、

私に似ている人が出てると。。

 

母にも言っていなかったから、

確認の電話。

 

母から、

幼児が言葉を覚える為の教育ビデオで

私は、言葉の ”ま”を表す

マンボのま!だったらしい(笑)

 

だから、マンボね!だったのだ。

 

色々なダンスは経験していたけれど、

流石にマンボは、学んでいなかった。

 

偽物マンボで良かったのだろうか。。。

 

今考えただけでも

冷や汗が出る仕事でした・・

 

 

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私の地味な趣味、

貝拾い(笑)

 

考えてみたら、小さい頃から

貝を拾うのが好きだったなぁ~。

 

母と共に、家の近くの海岸で

桜貝を拾った記憶があるよ。

 

ハワイも来たばかりの頃は、

色々な種類の貝があったけれど、

最近は、なかなか見つける事が難しい。

 

それでも、先週末、

アラモアナビーチの砂浜を

ちょこっと散歩していたら、

あれよあれよと発見。

 

私のコレクションは、

少しづつ、増えていき、

家のバケツは今まで集めた貝殻達で一杯(笑)

(中には日本の海岸で拾ったものも!)

 

 

沢山集まった貝殻達の中から

家のインテリアにと

額縁に張り付けたり

ネックレスなどの

アクセサリーにしてくれるのは、

もっぱらアートな旦那(笑)

 

これを仕事にしている訳ではないので

ストレスも無く、暇さえあれば、

ずーっと貝を探していたい私。

 

予想もしない貝達との

出会いにワクワクする時間です❤

 

さあ、次はいつ行こうかなぁ~。てへぺろ

 

 

 

 

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⑮ダンスユニット結成

 

 

ニューヨークから戻った私は、再び学校、

夜のレッスンとバイトの生活になります。

寝る時間はほとんどない。。。

若いってすごいなぁ~と思う今の私・・

 

ニューヨークのマサーグラハムの舞台、

そして

スタジオでのレッスンでかなりの刺激を受け、

日本公演も見に行ったり、

神楽坂にあるモダンダンスのスタジオに

通い始めるようになっていました。

 

そして、渋谷のスタジオでは、

先輩ダンサー達に可愛がってもらい、

ダンスユニットを結成。

少しずつ、

ダンスの仕事を頂けるようになります。

 

ある時に、六本木のステージで、

演劇の舞台があり、

その前座での時間をもらいました。

 

そこにその当時ほとんどのヒット曲を

手掛けていた有名プロデューサーと

彼の歌を歌う有名歌手が

見に来るという事でした。

 

ダンスブームでもあった時代、

先輩から次の仕事をもらう為の

チャンスだからと言われ、

練習を重ね、

先輩達と共に舞台へ立ちます。

 

ステージに充てられたスポットライト。

観客は、まだまばら。

なんせ前座ですから(笑)

 

しかし、

薄暗い客席に、

そのプロデューサーと歌手が登場します。

 

あっという間の時間。

 

スポットライトが暗転後、

演劇を見に来た観客で客席は一杯になり、

メインの舞台が始まります。

 

演劇が始まる前に、

有名プロヂューサーと歌手は退場たそうです。

 

本当に、私達の前座を

見に来てくれたんだと

先輩から聞かされました。

 

ただ、その後

連絡はなかったとの事。

 

こういう世界。

同じようなレベル、

いや、もっと凄い人たちが

山ほどいる世界。

 

その中に私達はいる。

目の前に来る仕事をとりあえずこなして

実績を積む、それが今の私達。

 

学校も2年になる頃から、

クラスが半分くらいに減っていきました。

入って来たチャンスをものにしたいと思って辞める人、

ダンスの道を諦めたからという人、色々。

 

私はとりあえず卒業はしたいと思い、

学校を続けながら、

入ってくるダンスの仕事をこなします。

 

TVや舞台の仕事も

少しづつもらえる様になってきた頃、

今でも、笑ってしまうような

忘れられない仕事もありました。

 

次回にそのお話を

書いておきたいと思います(笑)

 

 

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Puna

ハワイ語で色々な意味を持つ言葉ですが、

ハワイアンソングで多く出てくるPunaは、

ハワイ島の地名、そして、 泉、湧き水

 

水に関してのハワイの伝説は、生命の水、神のKaneのお話、

そして、このPuna(泉)のお話も沢山ある。

さっきまで読んでいた本の中に

興味深いPuna の伝説があったので

紹介してみようと思います。

 

 

Manoa の足元と呼ばれるRockey Hillに住む老夫婦、

夫の名は、Mukaka、そして妻の名はKealoha

オアフ島に恵みの雨が降らず、作物も育たない時期。

 

Mukakaは、TiのやFernなどの植物や

食べ物を手に入れる為にManoaの山へ

行かなくてはならないので、

Kealohaは、一人で、唯一の湧き水が出るKemoiliili (今のモイリイリ)へ、

水を汲みに大きなIpu を持って長い道のりを歩きます。

 

ある日の帰り道。その道はかつてないほど長く困難でした。 。

 

家へ着くなり、 彼女はマットの上に横になり、

倦怠感で涙が溢れます。 そして、彼女は眠ってしまい、

夢を見るのです。 彼女の夢の中で、

男性がマットの横に立っていました。

 

「なんで泣くの?」 彼は彼女に尋ねた。

 

「私はとても疲れているので」と彼女は答えた。

そして、今日あった辛い出来事を話します。

 

すると、、、

「二度と行く必要はない」と男は答えた。

「あなたの家の近くのハラの木の下に、泉があります。 」

 

そして、その男はいなくなった。

 

朝になり、その話をMukakaに話すと、

”君は喉が渇いていたからそんな夢を見たんだと”言い、信じてはくれず、

彼はManoaの山へと向かいました。

 

彼女は、すぐにHalaの木に行ってみます。

Halaの木の地面は乾いて固く、

泉など出るはずがありません。

 

しかし、その夜、同じ夢をMukakaが見るのです。

 

これは、神からのお告げだと確信するMukaka.

 

夢で言われた通りの供え物と祈りを捧げ、

近くに住む若い2人男性の力をかり、

Halaの木を引き抜きますが、

乾いた地、泉どころか、1滴の水も出ません。

 

若い2人の男性は、呆れていましたが、

Mukakaは言います。

 

私の妻、そして私、2度も神は現れた、

次は必ず泉が現れると・・・

 

再び、男性達は、

Halaの木を引き抜きます。

 

今度は彼らもMukakaの言葉を信じて、

先程よりも力強く!

 

すると、少し湿った土が現れます。

 

とっさに 

“Ka puna hou!” (新しい泉!)と叫ぶ,

Kealoha .

 

更に水の量は増え、大きな泉となるのです。

 

Kealohaは、もう、遠くまで水を汲みに行く必要はありません。

そして、その水を引き、Kaloを植えます。

そう、泉は、水だけでなく食べ物も与えてくれたのです。

神によって与えられた泉、それは、人々の生命を救ってくれた

出来事だったそうです。

 

そのずっと先の出来事。その泉のエリアに学校が建てられました。 。

Kealohaが叫んだ名前、Punahou、その名を引き継いで付けられた

オバマ前大統領の母校のプナホウ高校、マークは、Halaの木です。

 

「この学校は知恵の泉になるでしょう」と学校創設者は言いました。

「ハラの木が風や嵐に耐えられるように、

この学校の子供たちは喜びと悲しみに強く勇敢に立ちます。

ハラには多くの用途があるので、

子供たちはハワイに役立つでしょう、と。

 

以前、Punahou スクールの正門の前の伝説の石のお話を

ブログに書いた事があったんだけど

泉のお話は、本を読むまで知らなかった~。

 

カーニバルの時にでも(一般人が入れるからね)

その泉とHalaの木を見てこようと思う。

 

ハワイにもある沢山の伝説。

知れば知るほど、楽しくなるねドキドキ

 


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⑭ニューヨークへ。

 

専門学校1年の冬。

突如、ニューヨークの短期留学の話がありました。

あっという間に話が進み、私はすぐさま渡航します。

初めての海外、スーツケースを持っていなくて、

実家から母のスーツケースを借りて

サンフランシスコ経由でニューヨークに。

 

英語が喋れた訳でもないのに、

今思えば、奇跡のような出来事。

無事に学校が手配してくれたアパートにつきました。

 

TVで見たことがあるマンハッタン。

まだ20歳にならない私は、全てが魅力的。

 

ニューヨークでは、3つのダンススタジオに

地下鉄を乗り継いで通います。

その頃の地下鉄は、物凄く汚くて、ホームレスも多く、改札にあるバーを乗り越えて

電車に乗り込む人も多く、東京で感じたことのない怖さもありました。

渡航前に学校の先生から身を守る為に

1ドル札の束をいつもポケットに入れておきなさいと言われていました。

 

幸い怖い事に巻き込まれる事はなかったのですが、

憧れの街のワクワク感と、少し恐ろしいさも感じながらの生活でした。

 

通った3つのスタジオは、

モダンダンス、ジャスダンス、バレエの専門で、

私は中でも、マーサ グラハムのスタジオでのレッスンが

とても好きで、興味を持ちました。

 

ブロードウェイミュージカルは、勿論沢山の舞台を

目の前で見る事が出来、物凄い刺激のある時間。

 

しかしながら、1クラス50人、60人、

特別クラスでは100人以上の世界中から集まった

ダンサーと共にレッスンに励む毎日。

 

手足の長いダンサー、美しい顔立ち、

溢れ出すパッションを持ったダンサー、

多くのダンサーが夢を持ち、

そして目標に向かっている中、

19歳の私は、まだ自分がどうしたいのか?が分からず

更にこのニューヨーク留学で悩む事になります。

 

レッスンでは、注意される事はほとんどなく

(それは、注意するまでのレベルに達していない事)

毎日が過ぎていきます。

ある日、フロアーレッスンの際

床に仰向けに寝転び、

右足を天井に伸ばした際に

ダンスの先生がカウントを取りながら、

それぞれの足の動きを確認します。

 

何本もの足の中で、私の足の甲を持ち、

Very Nice!と言ってもらえた事が、このニューヨークで

一番嬉しかった出来事。

 

その1つを持って数か月の滞在を終え、

東京へと戻ることになります。

 

 

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今日のハワイの虹。

シャワーの後のご褒美。

 

 

ありがとうハート

 

 

 

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⑬ありがとう、豊島園。

 

先月、豊島園のクローズのニュースが入って来た。

本当は、豊島園の事を書く予定ではなかったけれど、

楽しい思い出が蘇ってきたので、

急遽書いてみたいと思いました。

 

 

私は、ダンスの専門に行っていた頃、

普段は学校近くでのバイトでしたが、

長期休みの夏は、豊島園でバイトをしていました。

 

ダンス学校のクラスメイトとは、

やはり皆が皆、ライバル的な感じで

仲良しになれた友人はいなかったのですが、

豊島園での仲間は、同じ年代の男女が多く、

ほとんどが、大学生だったのでなんだか

大学生気分にさせてくれる様な

愉快な仲間達でした。

 

そして、

私が働いていた部署の男性主任が

憧れの人でした。

(恋愛関係ではなくてね)

 

まだ、19歳にもならない私だったけれど、

こういう上司になりたいと思った人。

 

バイトにやらせてもいい様な仕事を

自ら率先してやる。

 

誰よりも働いている。。

 

その背中を見て下はついていく、

そんな感じの上司でした。

 

実際に、豊島園でバイトをしていた仲間の中にも

彼の背中を追いたくて有名大学を卒業後

そのまま社員になった男の子もいました。

 

その時出会った仲間も

その後どうしているかは分からないけれど、

きっとあの時の時間は、皆にとっても

いい思い出になっていると思います。

 

上司もそうですが、社員の皆さんも

とても温かくて、優しくて、

助け合って乗り越えて、皆で頑張れる

そんな素晴らしい場所でした。

 

私の中で、一生忘れる事のない

キラキラ輝いている思い出です。

 

豊島園、ありがとうハート

 

 

 

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先週末は、久々に海に潜りました。

ここ1ヶ月は、

海に入っていなかったので

リフレッシュ。

 

プールよりもやっぱり海が断然いい!

 

さて、砂浜で見かける朝顔の様な花。

花は、とても繊細だけど

潮風や海水にも負けずに

開花しています。蔓上に地を這うように

広がるので砂浜に出来たカーペットみたい。

 

この花が pōhuehue,

ハワイの固有植物の1つ。

 

種が海(波)によって色々な砂浜へと運ばれ、

その地で発芽し、

そして成長し、花を咲かせ広がっていく。

 

その後、種が実り、その種が落ち、

また海によって他の場所へと運ばれるとか。

 

だから、なのか?

オアフ島の色々な砂浜で

見かける植物です。

 

古代ハワイアンの時代には、

薬草として使用されていた大切な植物。

蔓は、傷薬や叩いてシップ薬として、

種は胃薬として、

また、蔓などは生活の為に

(籠や釣り道具など)使用されました。

 

そして

ハワイアンの中では、サーフィンをする時に、

このChant He mele kahea nalu を唱えながら、

Pohuehueの蔓で水面を叩く。

 

良い波が来るそう・・

 

そうそう、

少し前にHauの花のお話をしたけれど・・・

まさにこの主人公が、Pohuehueです。

 

その物語は、過去のブログからどうぞ↓

 

 

 

Pohuehue で頭に浮かんだ曲が、

Ka noho na pili kai

久々に踊ってみようかな。。。

思い出せるかな~ 

 

 

ふと目にした、Pohuehue の花から、

物語が広がっていく。

そして、

Hulaを復習しなさいよ~という

メッセージなのかも知れないね(笑)

 

 

 

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フラを初めて来年で30年。

私は幼い頃から踊りをしていたので

踊り始めてからは今年で46年(笑)

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⑫初めてのオーディション

 

クラスメイトの中に一際美しく、完璧にどんな踊りも

踊りこなすダンサーがいました。

クラスメイトとは、ほとんど会話をすることは無いけれど、

私も、そして皆も、彼女の事を一目置いていて、

先生方もその実力を認めていた。

(学校を卒業後は、女優さんとしてTVに出ているのを見たので

芸能事務所に所属したんだと思う)

 

初めてのオーディションは、

学校内のポスターで見かけた

テーマパークのダンサー募集。

短期のシーズンバイトですが、

ダンサーのバイトができる程

嬉しい事は無いので応募してみました。

 

オーディションの当日。

初めてのオーディションに少し緊張しながらも

会場へと向かいます。

駅から少し歩く会場には、

いかにもオーディションを受けに来た

ダンサーの行列ができている程。

オーディションは、2日間に分かれて行う程、

沢山のダンサーの応募があったそう。

 

こんなに目指している人がいるのか。。。と

まず、その多さに驚く私。

 

受付を済ませて、控室に向かうと、

たぶん200人以上のダンサーが

いや、

もっとかも知れないけれど 

ストレッチをしたり準備万端。

 

その中に 私のクラスメイト数人と、

一目置いているその彼女の姿もありました。

 

勿論、ライバル同士なので

全く会話の無い中、

自分の番号を呼ばれるのをひたすら待ちます。

 

番号を呼ばれて、

扉を出ると20人の

ダンサーグループの1人でした。

 

誘導されるままに 稽古場に行くと、

早速、インストラクターからの

振り写しが始まります。

 

3回の振り写し、

覚える事自体は、私にとっては簡単だったけれど

かなりの長さがあって、

技術的にも難しかったと記憶している。。。

 

3回の振り写し後に、

インストラクターの指示で

次の会場へ進むとそこが、

もうオーディション会場でした。

 

20人のダンサーに10人の審査員。

踊るのは、1度のみ。

 

あっけなく終わりました(笑)

 

後日、学校に合否の連絡が届きます。

 

私は何とか合格の通知を頂きましたが、

一目置いている彼女の名前はありませんでした。

 

後日、指示された時間に

衣装合わせの会場へ行くと

私が受かった理由がわかりました。

 

背丈も見た目の似たような感じのダンサー達が

同じように採寸を待っていました。

 

どんなに長いダンス歴だろうが、

どれだけ素晴らしいダンサーだろうが、

それは、全くではないかもしれないけれど、

ほとんど関係ないように思えた。

 

詳しい事は、

書けませんが、

そんな理由がそこにはありました。

 

 

ダンサーという事を仕事にするという事は、

自分が考えていた以上に アートの様な、

自由さは無く、型にはまったものなんだなぁ~と

実感したオーディション。

 

いや、飛びぬけた才能の持ち主であれば、

自分を貫き、進んでいけるのかもしれない。

でも、そんな才能を持つダンサーは、ほんの数人。

 

大勢のダンサーの1人の私。

私は、何を目指しているのだろうか??

 

そして、これから益々、

色々な葛藤と戦うダンスの世界に

突入していくのです。

 

 

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久々ハワイ生活のお話。

ハワイに住み始めた頃の私は、まだ20代。

1年中、何処かで見かける

ゴキちゃんの大きさとそのパワフルさに、

怯えていた私。。。

 

でも、数年もしたら、

スリッパ(ゴム草履)で一喝(爆)

 

強くなりました。

 

最近、随分見かけなくなったゴキちゃんでしたが、

旦那曰く、747(飛行機の大きいやつ)が

夜中になると1匹いるらしい・・・

 

旦那は手づかみで退治するくらいなので、

ゴキちゃんも流石に命の危険を感じるらしく、

なかなか手ごわいらしい。

 

もし、夜中に遭遇して、

スリッパで退治できる元気があるか分からない私なので

(見かけたらやると思うけど~)

Trapを買って来て~と頼み

旦那が買ってきたのは、ホイホイ。

 

懐かしい感じ。

今の時代だったら、もっと強力なプロダクト

沢山あるだろうけど

やっぱりホイホイを買ってくる旦那。

 

しかも、おびき寄せる為に

自分で考えた餌を中に置くらしい・・・・

 

旦那とゴキちゃん。

どちらに軍配が上がるか。

 

なんだか戦国時代みたい爆  笑

 

 

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