牡羊座の徒然なる新月-解体 | 幾何学抽象思考を育むVisionary Quest|咲成 真理子【大阪 堀江】Rizvision

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インスピレーションレポート記事

(脳の解釈 及び説明・解説目的ではない記事)

 

 

「クリエーション」や「創造」という言葉。

この言葉を

「何かを成す」
「何かに成る」

という解釈を脳からアンインストールすることは
おそらく並大抵のことではない。


そうだ そうだと、
脳で解釈が出来たとしても
ことあるごとに
また やれていない

というわけのわからない

不安と恐怖の扉は開く。


その不安を題材に
さらに脳で答えを作り出し
うまくいかないと落ち込めば
次は情報にすがり


情報から構築された
思考の中に、住まいを構える。



その強固な
「成す・成る・べき」フォルダのデータが開いている時

私たちは、今と歓びと一体することは難しい。


話は変わらないようで変わるが、


幼少期のどの段階かや、
過去遡る経験の中で


自分の真の感情や感覚が感じていることを
そう感じていることが間違っているとか
修正すべきであるとか
そういう認識をせざるを得なかった体験。


その猛烈なショックの過程によって
自分の感覚や感情に蓋をしてしまっていることが
自己否定の原因の中核。

 

「否定」という国語的言語からイメージすると

根本の原因に気づけない。

 

存在への否定(自分の内側空間と外側空間の相違)を

感じたことはきっかけで

 

そこから

自分の感覚・感性・感情を

肉体のメカニズムを強制的に

カスタマイズしたことが原因。

 

※カスタマイズとは

使用者の必要に応じて設定を変更すること


自分が被害者側になった
そのシチュエーションや出来事を

認める・書き換えるだけでは
精神(脳)のはじめのステップなだけで
自己否定を消すことにはならない。

 

(そもそも自己否定を消そうとすることが「成す・成る・べき」フォルダの仕事である)

 

物理的(肉体的)には大きな変化は

起きていないからである。 

(カスタマイズした肉体機能が戻っていない)

 


出来事や自分や加害者に
光や愛を送ったとて

神や天使に繋がって
啓示とやらを受けたとて

何かのご加護を授かったとて

宇宙や星や他者から
楽になったり自信を持てる情報を得たとて


その自分自身の感覚(肉体機能)を
使い始めることや
使い方を体感で思い出さない限り
自分の感覚、感性(特性=天才性)
知り使うことへの恐れは消えない。


だから
どんなに崇高な価値を感じる

もの、ひと、ことに触れようと
真の意味では(物理的な意味では)
「自分らしさ」は大きくは取り戻らない。

(脳の上では取り戻ったとしても)

 

 

それよりも

自然に出かけることの方が

私にとっては数倍尊い。

 


目、耳、鼻、舌、皮膚から

中枢神経系に上がってくる情報から
今、自分が存在している現場をインプットし
「そのままの状況」を見て感じて
アウトプットする
優秀機能が、私たち人間には
備わっている、本当は。

※脳の天才機能の方

 

 

多様な現代の情報が蓄積している
時にバカヤロウな脳による
意味付け・価値付け(幻想)なんぞ
介入させずともクリエーションは出来る。

本当は。




肉体や現場や感情を
繊細に注意深く、大切に扱い
事を産み出せば
今はいつでもクリエーション。

 

そんなに偉く素晴らしいことでもない。

毎日の生活の中にいつもある。

 

 

 

だから、自分らしさのために、

努力し磨く美学など本当は要らない。


自分の感覚に蓋をしている者にとって
現実の「現場」から
インスピレーションを得たり
判断を下し、

100%自己責任で行動表現することは
ある意味恐怖。


だから

自分の感覚に聞く前に
情報にすがったり

見えない世界に傾倒したり

納得題材を見い出したり


自分の好きなことがわからなかったり
自分の人生に責任を持って
攻め創っていくことが恐ろしくて出来ない。


自分の肉体感覚ではないから、
確実性や実感が伴わない。


自分の味覚よりも、
グルメサイトの評価の方が正しかったり


専門家と名乗るプラシーボ効果に
洗脳されたり


外の鳥の声を聞き取る時間よりも
流行りの歌をダウンロードすることが優先だったり


心地よい肌触りよりも、着回しできるデザインを重視してみたり


心踊る色よりも、安価で便利なものの方を揃えたり


感性を共有できる相手より
ベネフィットをくれる異性に惚れやすかったり

 

 

全て悪いわけでもなく。

 

しかし、あまりにも脳から始まるものに傾倒しすぎている。



私たちの肉体は、
脳や情報や他人の脳の中にはなく

空や草木と境界線のない

この物理世界・肉体世界に実在している

 

 

 

 

 



牡牛歩くこの季節に
肉体五感を今に取り戻す

インスピレーション。

 

 

 

 

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