最近半寝たきり病人なので本が手放せません、図書館で借りてきた本の中で

老人的にヒットな本がこれです、

絶滅できない動物たち、M・R・オコナ―著、なんか怒った人々っぽい名字だなぁ

カルシウム足りてるんかね、

内容は絶滅しかかってる動物を自分たちの手に届く所で管理して個体数を

殖やして自然に返そうだのすでに絶滅したリョコウバトだのクロマニヨン人だのを

ゲノムを解析してそれを元に復活させようだのと言う事柄とそれを取り巻く

様々な状況のノンフィクションレポートな内容です、

種の保存にせよ絶滅動物の復活にしても一部の学者などが必死こいて

現状に必死で抵抗しているのですがもし仮に個体数を増やした

それを野に放ってそれからどうするの?野に放ったところで生きていけるの?

生きていけない所に放って生存できないならいっそ絶滅したほうが

と色々と問いかけてくるなかなかに深い内容です、

 

様々な人物が紹介されているのですが老人が思ったのはみんなそれぞれに

ゴールのない血反吐吐きマラソンみたいな事をしてるなぁと、

苦しいはずなのに自己満が入ってて喜びながら血反吐マラソン

今風に言うとすさまじぐドМだと思うがどうであろう、

とかく種の保存復活を目指す人ほど環境が整っていなければ野に放っても

徒労に終わるって所が抜けてる、

例えば人間に置き換えてみれば衣食住何も整っていない生活の必要最低限も

確保されていない極端に所に放り出され

さぁ産めよ増やせよ往事の栄光を取り戻せって無責任に言われたらどうであろうか?

まず定着なんて無理でしょう、

そしてこの本でなかなか慧眼だったのは種の保存の必要最低限の数はそれぞれ違うと言う事

日本のアメリカザリガニみたいに数十匹が90年ちょいかけて日本全土を制圧

しているがそれだけでも事足りるのもいれば、

(しかもこいつらはコバルトクラ―キーだのゴールデンキングだの色違いを輩出し

世の好事家を魅了する事でより種の存続を確実なものにしてるんだ

狙ってかどうかは知らんが人を手玉に取って生存競争に勝ってやがる、おそるべし)

数百数千個体数がいても危ない種も

(生殖力だったり遺伝的に多様性のあるなし個体数が多くてもゲノムに差異が少なければ

結局近親交配である、西隣の山ぶどう原人を見よ整形抜きだと異常なまでに

均一化しているじゃろ?そして近親婚の子に多い性格異常も均一化されておる

あの本にはクロマニヨン人の章もあるが研究だけなら半島の山ぶどう原人が

要るんだからそこからサンプリングすればいいんよ他の人類と950万以上ゲノム情報が

違うんだもはや別種であることは明白だろう)

いるという事を記しているのは大きいと思います、

 

そして環境の必要性も説かれているんですが、環境に不可欠な植物層や水源

そして人が必要以上に立ち入らないのも大切ですが

結局のところ人間が辛抱して本来奴らの住む環境を返還しなければ

結局の所元の環境に生息するなんて無理な話なんです、

 

あんまり本の内容をネタバレしすぎるとオコナ―とかいうのが怒るだろうからこの辺で

勘弁してやるためにここからは私見や思った事をつらつらと

長話で眠くなる人は着る毛布や枕を用意するか寝床に入る事をお勧めします、

 

常々老人は絶滅動物の復活プロジェクトだのの類には懐疑的ですし冷たい目で見ています

例えば中国産のトキを持ってきてろくに生息環境も整っていないくせに

養殖場で育てたトキを野に放ってトキがよみがえったとはしゃいでいるが

どう見ても先の事を考えてるとは思えない、

先ほどから言うようにトキの個体数が多かった頃と多少はいじくって入るだろうけど

今の環境では同じ広さでも抱え込む事ができる個体数が少ないのは明らかで

そんな状態ならもし代を重ねれば近親交配の弊害は避けられませんし

餌や環境を整えるためには生半可な事では意味がないので

ぶっちゃけ人間がその土地を明け渡すくらいしなければ無理でしょう

人間側からその土地に住める個体数を調整しなきゃ無理でしょうに

 

世界共通で言える事はどんな種類であれ生物や植物を元の土地に復活定着

させる事は人間側の辛抱があって初めて成り立つと言う事です

老人が自然保護だのそういう動物のなんたらの連中で気に食わんのは

自分たちが我慢するのは嫌だけど思いどうりにお気に入りの動物が増えてほしい

これって原発反対だけど電気が通らなきゃ困ると同じくらい駄々っ子的な発言ですよ

(原発はないに越した事はないがそうなら代替施設の建造に金を出すなり

代替施設があったとして賄いきれない電気の分自分らが我慢して使わないとか

そういう努力したか?してきたか?利権屋たかりの反原発のアホは

よーく胸に手をあてて考えてみる事だ、もっともそんな知恵があるかも疑問だが)

ゲームじゃないんだから動物も衣食住が整ってなきゃ生きていくことはできないし

適応していないとか寒さ暑さへの対応力がないとか

多くの食料が動物なら渡りをする土地だって必要な訳ですよ

そんな奴らが定めた夢想の産物的な遊園地で収まるわけがないだろう

生き物をなめるんじゃない、

 

そして復活した動物に行き場はあるのかそれを考えない用意してないのなら

見世物小屋の出し物にされるクリーチャーと大差ないと思うがどうだろう?

そしてそれらが野外で思うがままに生きて人間の利益に損害が出た時

邪魔者を殺せ!と声高な抗議や虐殺を抑止しきれるのか?

そういう声が行動につながり絶滅した動物なんてごまんとるんだぜ

有史から絶滅した動物で人間が絡んでいない動物の方が少ないであろうし

そう言う所にまで先見の目を持ってやってる人などほとんどいないんではなかろうか?

結局自己満、自分の名を高めたい虚栄心の産物、お祭り騒ぎのネタ

こう言われても納得のいく説明などできんのではないかね

最悪復活させてももう一度絶滅なんて事になれば後々の子孫に

物笑いにされる事は必至であろうよ、ワシはそういう笑われ方はいやだなぁ、

 

つづく