皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 

 

 

 

コロナウイルス感染症による緊急事態宣言が発令予定をうけ、4月25日の「初めて学ぶ浄土真宗講座」を中止とさせていただきます。

 

 

 

 

 

時節柄、何卒御用心御自愛下さいますよう。

 

 

 

 

 

浄土真宗本願寺派光妙寺 住職







過日、本年の春季彼岸会は規模を縮小、感染対策の実施を行いつつ、お陰様を持ちまして、滞りなくお勤めすることができました。







当山の春季彼岸会法要は、午後の一座のみお勤めしておりますが、わざわざ午前中にお参りくださった方々が多く、時節柄、混雑を回避するご協力をくださりました。




久しぶりにお顔を拝見させていただき、尊きご縁でございました。





次回の行事は4月25日日曜日10:00より『はじめて学ぶ浄土真宗』で、講師は当山住職でございます。





中止の際にはまたこのブログにてお知らせさせていただきます。





時節柄、引き続きご自愛、ご用心くださってくださいませ。








『浄土の教えは 凡夫にも修めやすく 往きやすい近道である』

(凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり)教行信証 総序

 

 

 

 

 

ご法話で「そのままのお救い、そのまま来いよのお喚び声」という言葉をお聞きになった方があると思います。

 

 

 

 

 

「そのまま」という言葉を聞くと、何か頼りなく感じる方もおありでしょう。

 

 

 

 

 

このままで良いのなら、救いの必要もないと思われたり、倫理や道徳はどうなるのだろうと思われるかもしれません。

 

 

 

 

 

そのままとは、私が、修行をしたり、善人になったりする必要がないということであり、また、阿弥陀如来さまのお慈悲をあれこれ計らう必要がないということですが、わかり易いようで、なかなか難しい言葉です。

 

 

 

 

 

 先ず、阿弥陀如来さまの前では、私の少々の努力は足しにならないほど、課題は大きく深刻だということです。

 

 

 

 

 

私のいのちでありながら、私の力ではどうにもならないことがたくさんあります。

 

 

 

 

 

人々は平和を願っているのに、戦争は無くなりません。

 

 

 

 

 

 私がこのままで良いわけはありません。

 

 

 

 

 

ですから、阿弥陀如来さまは捨ててはおけないと救って下さいます。

 

 

 

 

 

泣きわめいている赤ん坊が親の胸に抱かれているように、静かな海では手足を伸ばしているだけで水面に体が浮かぶように、条件を付けずに、取引ではなく、救われていくのです。

 

 

 

 

 

南無阿弥陀仏というお喚び声を受け入れるばかりです。

 

 

 

 

 

それを「そのまま」と表されています。

 

 

 

 

 

気付いてみれば、まことに有り難いことです。

 

 

 

 

 

その上で、倫理道徳にかなった行動をし、平和に向けて努力をするのです。

 

 

 

 

 

「世の中 安穏なれ」は「佛法ひろまれ」に基づくことがわかります。

 

 

 

 

 

~ あけぼのすぎ 浄土真宗一口法話  大谷光真 ~

 

 

 

 

 

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今月の言葉について

 

 

 

 

このページを訪ねて下さってありがとうございます。

 

 

 

 

このブログは大阪府池田市にあります浄土真宗本願寺派の寺院 照耀山 光妙寺のブログです。

 

 

 

 

兵庫県川西市へは歩いて30秒という、県境にある自然豊かな場所です。

 

 

 

 

さて、拙寺では毎月、今月の言葉と題しまして、浄土真宗本願寺派 本願寺(お西さん)の大谷光真前門主が著された「あけぼのすぎ 浄土真宗一口法話」のお言葉をご紹介しています。

 

 

 

 

この「あけぼのすぎ」は、私たちにわかりやすい言葉で語りかけられ、そのお言葉一つ一つに浄土真宗のぬくもりがたっぷりと込められています。

 

 

 

 

そのぬくもりが社会や個人をはじめ、あらゆるいのちへの「やさしさ」に変わっていくことを念じ、真に大切にしなければならないことを思い出すきっかけになればとおもっています。

 

 

 

 

別記事には、真宗教団連合から発行されております「法語カレンダー」のお言葉を私なりにお味わいさせていただいたページも掲載しておりまして、今月の言葉と同様に毎月更新しています。

 

 

 

 

若い浄土真宗の僧侶が、日常生活の中で感じることを、稚拙な文章で綴ったものですが、ご興味があればご一読ください。

 

 

 

 

称六字

 

 

 

 

追記

 

 

 

 

風邪を引いた身体には風邪薬を処方すればよいですが、私の心、いのちに関しての薬は一体どこにあるのでしょう。

 

 

 

 

どれだけ、医療が発達し、物質的に豊かになっても、私の心は取り繕うことはできません。

 

 

 

 

その心に働きかけるものが仏教であり、私のいのちの真の解決を促す薬として浄土真宗があり、その薬について一生涯研究、普及されたのが宗祖親鸞聖人でした。

 

 

 

 

私のいのちに関わること、その解決こそが本当のことであり、仏法聴聞こそが、心に作用する、本当のものを知る唯一の道でありましょう。