6月のカレンダー | おおとり駆の城日記

おおとり駆の城日記

子供の頃からお城好き 今までに巡ったお城の感想 その他どうでもいい趣味のことなどあれこれ綴っていきます

早いもので6月になりました。
今年も間もなく折り返しですね。



今月のカレンダーは岡山城です。岡山城は、戦国大名の宇喜多直家の子・秀家が豊臣政権下で築城したことにはじまります。
しかし、関ヶ原で西軍の主力となった秀家は流刑となり、宇喜多家は改易。関ヶ原で石田三成を裏切り、家康についたことで知られる小早川秀秋が城主となります。ただ、秀秋もわずか2年で病死。姫路城主池田輝政の次男忠継が入り、以降江戸時代を通じて池田氏の縁戚が代々城主をつとめました。

岡山城の天守は宇喜多氏の時代、慶長2年(1597年)ごろに建てられたとみられ、戦前まで現存していましたが、残念ながら空襲により焼失。
現在の天守は昭和41年に鉄筋コンクリートで復元されたものです
その外観は黒漆塗の下見板が特徴的なもので「烏城(うじょう)」とも呼ばれ、同じ山陽道の「白鷺城」(姫路城)と対比されます。
ちなみに松本城の別名も「烏城」ですが、こちらは「からす城」と読むことで区別されるそうです。知らなかった。

また岡山城の天守は一層目が五角形をしているため、安土城天主を模したものとも、秀吉の大坂城天守を模したものとも言われています。

もうひとつ、岡山といえば水戸の偕楽園、金沢の兼六園とともに、日本三名園として有名な後楽園があることを忘れてはいけません。
このカレンダーの写真もそうですが、天守を借景にした後楽園の眺望には本当に心奪われるものがあります。

後楽園は、岡山藩2代藩主池田綱政が作らせた大名庭園ですが、現在でも竹藪や土塁が見られることから、当初は出城としての役割もあったのではないかとみられています。能を好んだ綱政は自ら舞う姿を見せたり、継政以後の藩主たちも、参勤交代で岡山を留守にする間は日を決めて領民に庭を解放していたと記録されています。今も昔も岡山市民の憩いの場所だったのでしょう。

今まで一度しか行ったことがない岡山城。
カレンダーを眺めていると久しぶりに行きたくなりました。



ランキング参加しています。

よろしければご協力お願いします。