スローライフ的日々雑感~ハーブのある暮らし~

「健康ダイエットごはん日記」や「ハーブガーデンつくりたい」で

書けないこと書いちゃおっと。たわいない独り言です。


テーマ:

ってご存じの方どのくらいいらっしゃるのでしょうか。実は私も

よく知らなかったのですが、昨年初めてこの日の行事に参加させて

いただきました。

☆昨年の3月8日→クリックしてね☆


今年の「2009国際女性デーひろしま」のつどいは、テーマが「いのち」で

西原由美さんの講演会とハッキーブラスアンサンブルの演奏が南区民

文化センターで行われました。

スローライフ的日々雑感

記念講演のタイトルは「海くん、生きててくれてありがとう」

看護師として勤務する病院の院内保育所で次男の海くんが

1歳のとき事故のため重い障害を持つ、現在19歳になられた

海くんも由美さんと壇上でご一緒でした。


「自分以外には絶対この苦しみはわからない。家族の中で

一番元気で病気ひとつしなかった海くんが突然の事故で

長くは生きられないと宣告され地獄のような日々を送り、

いっそ一緒に死んだ方がましじゃないか」とまで思った

由美さん。あれから不可能を可能にする努力を続け

周りの人たちの協力も得て、海くんと家族一緒に富士山登山や、

プールに入ったりいろんなことに挑戦しておられるお話に、

元気と勇気をいただきました。


この日は海くんのおとうさんもご一緒で羨ましいほど

仲のよいご家族です。


おねえさん、おにいさんと5人家族の絆の硬さは本も読んで

いたので知っていたはずですが、実際は本当に大変だったそうです。


我々が窺い知ることができないご苦労を飾らない言葉で語られる

由美さんの姿に胸がじわじわと締め付けられていきます。


しかし、本を読んだときと同じく、由美さんのお人柄か

何度も泣きそうになるけど、終始明るく、そして読後感と

同じような爽やかな気持ちになりました。


「最近犬を飼って我が家のアイドルになりました。

海くんは、もう本当に普通の家族の一員なんですよ。

これからもどんどん出かけ、海くんのことを知ってもらいたいし

いろんなことに挑戦したい!」と笑顔の由美さんは

言葉とおり次々チャレンジされていくに違いありません。


「きょう海くんにここに一緒に来てもらったのは、いのちが

テーマということなので、海くんのいのちのパワーを

みなさんに伝えたくて私がお願いしたのです」と

由美さんがおっしゃったとおり、しっかりいのちのパワー会場に

伝わりました。本当にありがとうございました!


☆西原 海くんのHP スローライフ的日々雑感

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海くんが笑った。―超重度障害児と家族の6年間/西原 由美
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海くん、おはよう/西原 理乃
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ロビーでは、海外から国際女性デーひろしまに寄せられた平和メッセージが

ところ狭しと展示されていました。


バザーの出展もあり、中でも1月に行われた「ガザのことを知ろう集会」にも

参加されていたパレスチナの女性を支援しているグループ「サラーム」 も。

スローライフ的日々雑感 ←クリックでNPOパレスチナ子どものキャンペーンHP


売り上げ金がパレスチナの女性の工賃になるということで買わせていただいたのが

オリーブの木で作られたペンダントとオリーブ石鹸。

スローライフ的日々雑感
平和を願う気持ち、いのちの大切さ、改めて当たり前の生活のありがたさに気づき

そこから何ができるか考え行動しなくてはいけないのですよね。


国際女性デーとは→☆ウィキペディアによると☆クリック


国際女性デーは大河のように/伊藤 セツ
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ここのところ毎日、澄み切った青空。あの大雨が嘘のようだ。


青空


先週の日曜日(17日)加計でお昼頃、台所で食器を洗ってた。

つけっ放しにしていたテレビがニュースを伝え、それを背中越しに聞いていた。


前日深夜、九州から車で加計まで送っていただきそのまま泊まり

台風が来る前の備えを家族でしていたのだ。


テレビで16日台風接近していた九州より、広島市安佐北区の大雨の

凄さを知った。(九州へ広島から電話いただいた何人の方から

広島はずっと雨とは聞いていたが、夜そんなに激しくなるとは)


寸断された道路の映像に唖然とする。


そうしたら、消防団の方が亡くなられたことを知り

続いて、中国新聞安佐北支局の27歳の記者が行方不明と

伝え仰天した。「嘘でしょう!!」と思わず声を上げてしまった。


この段階でまだ名前を伝えていなかったが、間違いなく

松田記者と思った。


先月久し振りにお会いしたばかりだった。


3年くらい前か、中国新聞の加計支局に初めて来られたときに

紹介されてそれから、加計支局はなくなりつまり常駐ではなくなり

加計ステーションとして、可部の安佐北支局から

時々通っておられるようだった。


担当記事も、広島市安佐北区、山県郡(安芸太田町、北広島市)と

幅広く、時々署名入り原稿を見ては感心していた。


初めて紹介された時、「警察周りしてたんですよ。」の言葉が意外な気がした。


若くて、線が細くて、控えめな真面目な印象だった。


あれからいろんなところで、お会いし

いつもカメラを片手に、ひとり真剣な表情だった。


去年、私が空き店舗を利用して地域の皆さんと

どんでん市場を始めることになったとき

お知らせメールをしたら、カメラを片手に

するりとお店にこられた。


「近くで取材があったから、寄ってみました。」


なんて律儀な。感動しながらも

「まだどうなるかわからないし、定着したら

いつか取材してくださいね。ただ始まりは

知っておいて欲しかったんです。」と

言ったら、いいことですねーと笑いながら

「僕も古い本出そうかなぁ」とおっしゃった。


そうそう松田さんも出品してくださいよーなんて

いいながら。趣味は何?休日は何してるの?

など余計なお世話な質問を矢継ぎ早にしたら

「ひとりでプール行ったり、友達いないし・・」

のようなことを言われ慌てて

じゃあ、一緒にどんでん仲間になろうよ~!なんて

調子いいこと言ってたけどどんでん市場もなくなり

そのままお会いすることもなかった。


そうしたら、先月8月5日の土曜日に偶然というか

ある会に参加したら、松田記者がいらしてた。


わぁ~久し振りですねぇと隣同士の席で。


お会いしてはいなかったけど、最近署名入りの記事なので

松田記者の記事は殆どチェックしていたので

その感想など述べたりして、

「ちゅーぴークラブにも入ったよん」とか

「加計支局なくなって、紙面も芸北版なくなって淋しいよー」とか

好きなこと言って困らせたかも。

それには、「広島圏版もあるし、交流のページもあるんですよー」と

誠実に答えてくださった。


久し振りに会った私に

「なんか感じ変わりましたね。よくなっちゃったです。」なんて珍しく

褒めてくださり、まぁ気を使って、大人になられたのねー。

無精ひげも生えてなんだか男くさくなった。ワイルドね!!なんて

お返ししたり!?


「どんな記者になりたいの?」と聞いてみたら

「整理部も面白いかなと思って。記者が書いた記事に見出しをつけたり

レイアウトするんです」と答えられ、驚いた。

スクープとりたいとかじゃないんだーって。


そろそろ異動かな、そうなると淋しいけど応援し続けようと思っていた。


前から気になってた支局長の名前を紙面でみることないので

聞いてみたらやめられたとのこと。(他の新聞社に行かれたそう。)


だったら、まだ当分の間、いまの支局かな。と勝手に思ってた。


その会の時、食事も共にしたのですが、彼は一滴もアルコールを

口にしないで(乾杯さえも)、帰り車で送っていただくことにした。


もう夜も更けていた。


「汚い車ですが・・・」なんて慌てて、ジュースの瓶など片付けて

「そんなことないです。」と言いながら、若者の車だなーと実感。

申し訳なかったけど、なんだか話が弾んで楽しいひとときだった。


加計の家の前で、「今度は家に遊びに来てね!」と手を振ると

今まで見たことないぐらい、すごくいい笑顔だった。

今でも目に焼きついている。


いつもは、私が話すと「そうですか。」と眼鏡の奥の目が鋭く光り

顎に手を当てて、うんうんと真剣に聞いてくださった。


まちづくりのことなどで、一生懸命伝えたいことが

山ほどあった以前の私。きっとギラギラしてうるさいオバちゃんだったろうな。


こないだは、もっと肩の力を抜いて喋ったような。


今こうして、書き続けているのは

まだ松田記者が行方不明で

毎日、毎日祈るような気持ちで落ち着かないから。


仕事中や人と会ってる時は大丈夫なんだけど

一人になると涙が止まらない。(今もそう。書くことによって

落ちつかそうとしてるのか。)


もっともっと近い方が多くいらっしゃるし

その方々のお気持ちを察すると辛くてたまらない。


そして、何より松田記者が一番悔しいと思う。


ニュースで初めて知ったとき、携帯に電話した。

電波が届かないではなく、留守番メッセージだった。


あれから、ビクビクしながら、ニュースや新聞を見ている。

(新聞の記事、見なくなった。この地域ネタは松田記者が

担当のはずと思ってしまうから。)


連日多くの方が捜索されてる。


あの夜、私は、戸河内の方の運転で九州から山口に入り

信じられない豪雨に驚き、実は本当に怖い思いをした。

何故台風が接近している九州より中国地方の方が

豪雨なのかわからないまま。


とにかく運転してくださっている方に命を預け

川のように水浸しになった高速を、祈りながら

トンネルに入る度ほっとしながら、前が見えない

恐怖に時折雷が光り、「高速から降りてください」と

無茶なお願いをしたら「下のほうがもっと危険なんだよ」と

諭され、やっと戸河内インターへ到着し、加計の家まで

送っていただいたのだ。

途中、深夜にもかかわらず、集会所で何箇所か灯りがついていたので

避難されていることを知った。


以前大水害があり多くの犠牲者がでた地域だそうだ。


自然の恐ろしさを初めて実感した。


16日夜、同じように、いやもっともっと怖い思いをされた

松田記者のことを思うと、毎日、辛くてたまらない。


どこかへ、逃げて無事でいて欲しいとずっとずっと

祈り続けている。。。

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伯父のお葬式に大阪へ行ってきました。

悲しいけれど、人とは必ずお別れがくるということを今更ながら考える。

いつも大きな存在だった伯父。立派な一生を終え、悔いの残らない

人生だったでしょうと思うけれど、家族にとっては一日一秒でも長く

共に生きたいと願うもの。


「僕が行くときはいつも晴れると」と晴れ男だった伯父。

お葬式の日も青空が広がっていた。


一度だけの人生、限られた時間をどう生きるか。

悔いなく生きる為にどうすればいいのか。

改めて考えさせられました。<合掌>





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タイトル書いてても実感ない。

でも眠れないからブログを書いてます。


DJジョー今城さんが5月4日に亡くなられたという電話を

5日にいただいてから、どれくらい時間が経ったのだろう。


ジョーさんには、以前大変お世話になったし、

大好きなヒトだった。


でも月日は流れ、環境も変わり

ここ数年はご無沙汰していた。


昨年の夏、癌と闘っているんだよ。ということMLで知って

闘病記をブログで綴っていらっしゃるので時々見ていた。


開局の時から中心になってがんばってこられた

コミュニティFMレディオ湘南 のDJも続けておられるようなので

安心していたのだ。(HPで時々チェックしてた。)


明るくてバイタリティあって、ちょっぴりHだけど根は真面目、

おやじギャグ&駄洒落が多くてリアクションにちと困ったけど

一緒にいるととっても楽しかった!


多分100歳まで生きられるだろうと勝手に思ってた。


いろいろ教わること多かった。とっても熱いヒトだった。私も

ジョーさんに対して、いつもまっすぐぶつかってたような気がする。

それをちゃんと受け止めてくれてた。


あったかくて、歯切れがよく、スピード感あふれる喋りは広島では

あまりいないタイプだった。

福山出身なので、備後一郎なんて演歌歌手みたいな名前を名乗って

よく笑わせてもらったなぁ。


もうじき福山のばら祭りがある。そして、レディオ湘南が10周年迎えたんですね。

これからまだまだやりたいこと多かったはずなのに・・・ホントに残念!


きょうハーブ教室があったので、ジョーさんと通いつめた

スタジオがあったビルの前を通りました。

(今はスタジオもお店に変わったけど)



思い出して涙が出るかと思ったけど、全然出なかった。


鈍感な私はまだ信じられない。いや信じたくないのです。

だから、ボーっとして心ここにあらずの状態。

ここのブログもなかなか更新できないままだった。


でも、現実なんですよね。


今まで本当にありがとうございました。

心からご冥福お祈り致します。



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川沿いの桜がいつのまにか満開だった。

「なかなか咲かなかったけど、あっという間ですね。」とタクシーの運転手さん。

「雨が降ったら散るから儚いですよね~」葬儀場に向かいながらつぶやいた。

「まだ大丈夫。明日がお花見日和ですよ。きょうも場所取り大変そうですわ。はは。」

会場に到着。席につき目の前の原哲之さんの写真を見ても実感がない。

環境を守る市民運動をされていた方で、4年前に知り合った。

9年前からガンと闘いながら、信念を貫き命を削るようにがんばっておられた。

10年前から一緒になられた喪主である奥さんの言葉に会場から嗚咽が。私も涙が止まらない。

共に支えあい、尊敬されている夫婦の愛情の深さが、気丈な奥さんの言葉に滲み出ていた。

そういった人に巡り合えたお二人が本当に羨ましかった。

以前、私の拙い文章を原さんが編集されていた環境コミュニティ誌「環・太田川」に

載せていただいた時のことを思い出した。

「自分が思ってること、訴えたいこと素直に書いちゃったらええですよ!」の言葉に励まされ

はりきって書いたものだ。

鮎を食べる会に参加したことや忘年会での笑顔、取材に来られたときの真剣な眼差し・・・

初めて列車の中で人から紹介されたときの表情が次々浮かんでくる。

まだまだこれから色々教えていただきたかったし

活躍できる人だっただけに残念で仕方ない。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

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