大相撲夏場所観戦記

 東京・両国の国技館で行われていた大相撲夏場所は大混戦の末に小結・大の里が優勝して幕を閉じました。成績は12勝3敗でした。小結の力士が賜杯を抱いたのは昭和32年夏場所の安念山以来67年ぶりです。先場所の尊富士が果たした110年ぶりの新入幕力士の優勝に続く滅多にはない記録です。また、幕下付け出しの初土俵から所要7場所での優勝は過去最速でした。大相撲観戦歴70年に免じてお許しをいただき夏場所の観戦記を投稿します。

  今場所はまず初日の土俵でこの場所の大混戦を予感させる異変がありました。出場した横綱、大関、関脇の7人すべてが黒星という昭和以降では初めてという異常な幕開けでした。加えて横綱と大関二人が早くから途中休場という非常事態を招き場所が持つのかさえ心配されました。そのピンチを救ったのは中日以降、千秋楽まで息の詰まる賜杯争奪戦を演じた大関・琴櫻と小結・大の里に加え終盤には優勝争いに絡んだ大関・豊昇龍や平幕の湘南乃海と10番の星をあげて敢闘賞になった新入幕の欧勝馬、11勝と三役復帰を確実にした大栄翔、さらには優勝戦線を攪乱して二桁勝利をあげた関脇・阿炎などでした。これら力士の活躍が横綱と二人の大関不在という非常事態を救いました。なお、優勝した大の里は殊勲賞と技能賞を新入幕の欧勝馬は敢闘賞を獲得しました。

  それと特筆すべきは15日間連続しての満員御礼垂れ幕に恥じない熱戦が番付の上下に関係なく多くみられたことです。とくに、宇良や平戸海、翠富士といった小兵力士の奮闘ぶりが土俵を盛り上げ館内を湧かせました。その大きな要因はそれら小兵力士が立ち合いからとんだり跳ねたりするのではなくいずれも頭で真正面から当たって押し込みながら次なる技を繰り出す相撲を取ったことです。勝ち負けとは別にハラハラ・ドキドキの連続です。「小よく大を制す」という相撲の醍醐味がそこにありますから館内が大歓声に湧くのも頷けます。

  一例をあげれば幕の内最軽量の翠富士が体重差50kgの正代を頭から当たって押し出しました。また、日の出の勢いで優勝した小結・大の里に対して小兵・平戸海がこれも正々堂々と頭から当たり一気に寄り切りました。館内は割れんばかりの拍手と大歓声に包まれました。TV解説に座った伊勢ケ濱親方の言を借りれば「前に出なければ相撲じゃない」を正しく体現していました。

 もうひとつ忘れてならないのがベテラン力士たちの奮闘ぶりです。幕尻の宝富士は10日目まで2敗と優勝争いの先頭に立っていました。前頭3枚目の髙安は腰痛で途中休場したものの9日目から復帰し大関に勝ちました。37歳のベテラン佐田の海は場所の序盤に痛めた足首の怪我に苦しみながら痛いとも痒いとも言わず9番勝ちました。また、初土俵から一日も休みがない39歳の鉄人・玉鷲は前半戦は黒星が先行しましたが千秋楽に勝ち越しをかけるまでの踏ん張りをみせてくれました。元大関の御嶽海も太腿を痛めながらも休まず最後まで出続けて勝ち越しました。こうしたベテラン力士のいぶし銀のような相撲は土俵下の砂かぶりやTV桟敷に陣取る大相撲大好き組が優勝力士と遜色のない大喝采をおくるところです。

 大関は二場所連続優勝もしくはそれに準じる成績をあげれば横綱に昇進します。惜しくも優勝を逃した琴櫻は一応は星ひとつ差の準優勝ですが11番という星勘定では来場所の綱とりはないでしょう。小結・大の里は優勝に加えて三役で12勝ですから大関取りへの権利を手にしました。新入幕から三場所続けて11勝、11勝、12勝という離れ業からしてあっという間の大関誕生もあり得ます。また、優勝経験がある関脇・阿炎も二桁勝ちをおさめました。当然、大関とりを睨んで来場所に挑むことでしょう。

  先場所の尊富士の新入幕力士優勝から続いた今場所の波乱の土俵を称して「番付崩壊」という声もあがりました。ただ、今場所は平幕ではなく少なくとも役力士の優勝ですから辛うじて番付の面目を示せたのかも知れません。いずれにしても番付社会の大相撲ですから横綱、大関が存在感を示せなくては情けないでしょう。連続休場の横綱・照ノ富士と大関を陥落した霧島、それにまたも大関カド番となる貴景勝の3力士の状況がどうなのかが気になります。門外漢ながら横綱・大関の奮起を期待します。
 先の読み過ぎと言われそうですが最後に付け加えさせてもらいます。尊富士と大の里の出現をあの柏鵬時代を築いた柏戸、大鵬の再来とみたいです。