それは深夜のメールだった。

寝ていた私がそのメッセージに気がついたのは翌朝であったが。

「返事おそくなってゴメン。ずっと調整つけていたけど、やっぱり

旅行に行けなくなった。急な仕事が入りどうしても抜けられない

んだ。また、連絡します。」

シュンタから長文のメールを初めて受け取った、内容は寒々しいものだったが。

朝の気怠い気分が一変してしまった。

もう、日付を超えて出発日の二日前になる。

悪い予感は今、目の前の私を嘲笑う。

やはりそうか、それでももしかしたらと一縷の望みを捨て切れなかった自分が

情けなく憐れになる。

二人の関係をもっと密な特別なものとしようという目論見は見事打ち砕かれたのだ。


仕事をしていても、メッセージが何度も浮かんできてしまい、いつの間にか溜め息

を何度もついてしまった。

仕事を何とか終えて帰宅してから、もう一度メールを開く。

頃合を見計らってシュンタに直接電話で話しをしよう。捨て置くことは出来なかった。

「もしもし、メール見たけど…」

「ゴメンゴメン、ずっと何とか行けるように考えていたけど、ダメだったんだ。
例の大物投資家がクリスマスに豪華クルーザーでパーティを開くんだ。

財界人を沢山呼んでいてね、顔繋ぎと手伝いを頼まれて断れないんだ。」


「…そう、仕方ないね。キャンセルしておくね。」

「あ、料金がかかったら言って。精算するから。」

「精算?何を?」

「キャンセルチャージのことだよ。」

私は精算と言う言葉が自分に向けられた様に感じた。


仕事という名目で先約をはじき飛ばすシュンタがやはり、冷淡で利己主

義に思えてならない。


確かに新しいチャンスをシュンタは逃がしたくないのだろう。
そう信じていたかったが、やはり、疑念は払拭出来なかった。

シュンタはアクセルを全開に踏んで私を追い越して去って行く。

シュンタの行く先は…仕事か…女か…。

年が明けて一月の末になればシュンタは37歳になる。

私は春になると33歳、シュンタとは20代の終りに友達のパーティで知り合い

、暫くして付き合う様になった。

いつから付き合ったのかは、はっきりしない。

二人だけで初めて食事をしたその晩に抱き合った。

思えば初めて会った時からお互いに好意を抱いていた。

しかしシュンタの醸し出す女性慣れした気遣いが、例えば食べ物をサーブしたり

飲み物を取りに行ってくれたりしながらも会話は流行のレストラン、ブランド、ワイ

ン、そんな如才のなさがかえって私には鼻についた。

外側ばかりで、心が安らぐ相手ではないと、何度か誘われていたがやんわりと

遠ざけていた。

20代の終りから30代の初めといったら、女性として大切な時期の様に感じていた。

ただの楽しいお付き合いではなく、将来に繋がる付き合いでなければならないと。
世間の通念に呪縛されているだけかもしれないが、それだけではなく、実際に女と

して身体も心も一時の気の迷いでは満たされない筈だと学習してきてもいた。

ズルズルとシュンタにこの先引きずられていいのだろうか、20代なら何も悩まず好

きなだけ我が儘も言って進んでいただろう。

しかしシュンタのしつこ過ぎない誘いに一度くらいなら、と応じたがその時点でもう

機は充分過ぎる程熟していたのだ。

シュンタとの睦み合いは今まで全く男を知らないまるで生娘に戻ったように、新しい

感覚の発見の連続でもあり、一つ一つの快楽の扉を開けてゆく悦びであった。



マコトは年が明ければ40になる。

私の勤める美術画材の卸しをしている会社に仕事で関わったマコトは以前に結婚

していたと話した。

大手の広告代理店に勤めていた頃に同じ仕事をする同僚女性と結婚したと言う。

二年という短い結婚生活は仕事を続ける彼女にとって、結婚生活が仕事をして生

きる自分に負担であるとの申し出で、終わってしまったのだと。

マコトも限界を感じていたので恨みっこ無しに別れた。

マコトも以前は仕事に追われ妻にも冷淡にしていたことを多少なりとも後悔している、

もし、また伴侶を得る事が出来たのなら、二度と失敗はしたくないと言っていた。

その時購入したマンションは妻側に渡したらしい。

男と女はタイミングがほんの少しズレてしまうと、好きあっていても上手く行かない。

年齢を重ねてからわかる事も多い。

それがわからず、いつまでも若い女を追いかけ

て情がないと嘆く男も沢山知っているし、結婚してから夫より前の男のほうが良かっ

たと後悔する友人も少なくない。



旅行の列車チケットの予約が出来たとシュンタにメールを送ったが、連絡が無い。


嫌な予感がした。

三朝と書いて みささ と読む。

中国山地に続く三徳山の麓に湧く温泉で、発見されたのは約800年前といわれ

源氏ゆかりの伝説の古湯だという。

日本一のラドン含有量を誇る泉質。
温泉地を貫く三徳川のせせらぎの音、三朝橋の辺の川辺に湧く混浴露天の「河

原風呂」が名物だ。


私は一度も鳥取を訪れたことがない。
友人に三朝温泉を以前に勧められたことがあった。


シュンタは旅行を任せると言っていたが、少し遠出になる鳥取行きを承諾してく

れるだろうか。

もう少し前なら紅葉も素晴らしかったであろう。

少し遠い知らない静かな土地でお互いの本当の気持ちを確認したかった。
都会の喧騒に身を置けば、幾多の誘惑や、しなければと思う事も後回しになってし

まうのが常であり、馴合いでいつしか互いの気持ちが見えてこないようになってしまう。

私達も、二人で時間を取ってゆっくり話せば…何かが変わるかもしれない。


「場所は少し遠いけど、近場はもう一杯だし、思い切って行ってみない?」

「鳥取かぁ、思いもしなかったけど、いいよ。任せるよ。支払いはカードでするから

現地でいいんでしょ。あとはJRのチケットか。」

「そう、切符は先に取っておくね。」

「じゃ、頼むよ。今ちょっと忙しいんだ。ある大物投資家を紹介されてね。新しい会社

でも色々絡めそうなんだ。気に入られてさ、チョイチョイ呼び付けられてる。
チャンスが巡ってきたような気がするよ。」

「凄いじゃない。よかったね。今度会った時に詳しく教えてね。じゃ、チケット取れたら

また連絡するね。」


シュンタと、携帯電話で旅行の話をした。
忙しいようで五分もかからず話は終わった。



クリスマスまであと二週間と少し、とにかく鳥取行きは承諾されたようだ。
シュンタの今の様子だと当日まで会えないかもしれない。


その分、向こうでゆっくりすればいい、私の心は既に旅先に飛んでいる様だった。




数日後、久し振りにマコトから、メールが届いた。

「暫く顔みてないけど、元気かな。夜になるとあちらこちらでイルミネーションが綺

麗だね。
真千子ちゃんと一緒に見たかったな。
彼と上手くいっているの?
寂しくなったらいつでも連絡ください。」


何回もマコトのメールの一文字一文字を追って見た。
様々な思いが込められていた。

このメールを送るのだって迷ったに違いない。
私は何故だか涙ぐんだ。


何故だかと思ったが、本当はマコトの気持ちが痛い程わかるからだった。


マコトは見通しのない恋に揺れている。
寂しくて、辛い、届かない思いに。