映画「ヒトラーに盗られたうさぎ」 2020(令和2)年11月27日公開 ★★★★☆

原作本 「ヒトラーに盗まれたももいろうさぎ」 ジュディス・カー 評論社

(ドイツ語・フランス語他: 字幕翻訳 吉川美奈子)

 

 

1933年、ベルリン。

演劇批評家であるユダヤ人の父(オリヴァー・マスッチ)を持つ9歳のアンナ(リーヴァ・クリマロフスキ)は、

ある朝母から家族でスイスに逃げると打ち明けられる。

新聞やラジオでアドルフ・ヒトラーを批判する父は、選挙で彼が勝利した後、

反対者への粛清が始まると考え家族でドイツを脱出する計画を立てていたのだった。

荷物は一つだけと母に言われたアンナはうさぎのぬいぐるみを持ち、

両親と兄マックスと共にスイスを目指す。                             (シネマ・トゥデイ)

 

 

1933年2月 ベルリン

アンナは物乞いの仮装、兄のマックスは怪傑ゾロの仮装をしてカーニバルで愉しんでいます。

ナチスの扮装をして高圧的な男子たちもいたけれど、

マックスがやっつけて鉤十字のバッジを奪います。

 

アンナとマックスの父は辛口演劇評論家アルトゥア・ケンパー。

母は音楽家で、素敵なお屋敷はやさしいメイドのハインピーが管理してくれています。

 

その日父は体調を崩して寝込んでいたのですが

翌朝みると、ベッドはもぬけの殻でした。

(父は亡くなってしまったわけではなく)

夜の間にプラハ行きの夜行列車に乗ったと母が教えてくれました。

 

「10日後の選挙でもしナチスが政権を取れば

父のようにヒトラー批判をするユダヤ人はまっさきに粛清される」

という秘密情報を警察内部で教えてくれる人がおり、

パスポートが有効なうちに、父は国外脱出を図ったのです。

 

そして、アンナたち家族もスイスで父と落ちあうことになっているから

持っていく荷物を今選べといわれ、

泣く泣く大好きなうさぎの人形を置いていくアンナ。

ハインピーが「後から大事な荷物は送ってあげますよ」と言ってくれます。

 

ベルリン・・・ライプチヒ・・・シュトゥットガルト・・・

列車に乗り、国境が近づくにつれ、緊張が走ります。

「子どもたちの学校はどうした?」と検閲の車掌に問われ

「親戚のお葬式です」とごまかす母。

ケンパーという名前に「知ってる気がする。調べておこう」といわれて焦るも

何とかチューリッヒ駅に到着します。

 

1933年2月24日 スイスに入国。

病気がよくなった父と再会するも、今度はアンナが倒れてしまいます。

40℃越えの熱が何日も続き、そのまま高級ホテルに3週間も家族で逗留していたため

所持金が残り少なくなってしまいます。

アンナが回復すると、

一家はスイスの田舎の村のペンション、ツヴィルン荘へ移動することにしました。

 

 

そのころドイツ国内では、選挙でナチスが288議席をとり、

連立ながら政権をとったため、当分ドイツへ戻れそうにはありません。

 

ツヴィルン荘ではお客様扱いではあるけれど

靴下の臭いのチーズや田舎の風習に溶け込めないアンナとマックス。

学校ではスイスの方言がよく聞き取れなくて、授業も楽しめません。

 

そこへ大好きなユリウスおじさんがたずねてきてくれ

選挙の翌日に旅券を没収しにきたこと、

いないことがわかると家財道具をすべて「倉庫で預かる」と持って行ったこと、

父の書いた本が燃やされたことなどを教えてくれました。

「焚書とは光栄だな」と父。

父の友人たちの中には強制収容所で短い鎖に繋がれ

自殺した人もいたときかされます。

「君の心の灯を守れ」

「最後には善が勝つ」

 

父と母は、とりあえず家族で無事中立国スイスに亡命できたことに安堵し、

田舎暮らしを楽しんでいるようですが

ここでは執筆はできても出版はできず、収入源がありません。

スイスにいるかぎり身の安全は保障してくれますが

ナチスを刺激したくはないので、父の原稿はだれも買ってくれないのです。

 

学校の先生から、パパの名前を新聞でみたといわれ、

原稿が採用されたのかと思ったら、ナチスから指名手配されて

1000マルクの懸賞金がかけられていたということでした。

 

アンナはスイスで10歳の誕生日を迎えました。

友だちは来てくれないけど、ハインピーがドイツから電話をくれました。

「子どものころ苦労した人が大人になって有名になるから

(私たちも)ちょっとは苦労してるから有名になれるかも」

 

「亡命先からでも発信はできる。思考は止められない」という父に アンナは

「ヒトラーの悪口をいうと危険よ」と諭すまでになりました。

マックスもツヴィルン荘に逗留しているナチスのドイツ人家族に

こちらからあいさつしにいって、敵意のないことを示します。

 

いつまでもここにいては所持金が底をついてしまうので

仕事を求めて両親はフランスに移動することを決め、

パリのアパートの最上階に部屋を決めます。

「バルコニーつき」と聞いてアンナは楽しみにしていましたが、

灰色の暗いアパートで、トイレは共同、お風呂もなく、がっかりです。

 

 

父はパリの演劇を紹介する仕事を得たものの報酬は安く

物価の高いパリでとても家族が生活できる額ではありません。

アンナも鉛筆を買いにいって、安いものに交換しておつりをもらったり

冷たい池に入って落ちているコインをひろって電球を買ったり、健気に頑張ります。

家賃を払えなくなってくるとアパートの管理人に激しく取り立てられ、ユダヤ人と罵られ、

食べるものにも事欠くありさま。

 

ある日シナゴーグで父はシュタインという演出家に声をかけられます。

ベルリンにいたときに父は彼の演出を酷評していたので、気まずくなりますが、

シュタインは気にも留めていない様子で、家へ招待してくれます。

 

父の反対をおしきって母子で訪れたシュタインの家では

久しぶりにおいしい食事にありつき、母はピアニストの彼の妻と久しぶりにピアノを連弾します。

帰りには不要な服をどっさりもらって帰り、父は不機嫌に。

 

フランス語が全くわからずに学校でも辛い思いをしますが

1年たったころには、アンナは作文コンクールで賞金をもらうほどになります。

 

父はナポレオンを題材に小説を書いていましたが、

それをイギリス人が買ってくれたことから、

1935年、今度は一家でイギリスへ。

 

そこではみんな英語を話していますが、アンナもマックスもひとことも聞き取れません。

「まだイチからやり直しだ」

「そのうちにすぐわかるようになるさ」

「わが家が一か所とは限らない」

 

エンドロールで、その後イギリスで絵を学び、絵本作家になったこと

兄も法律を学び、イギリス初の外国生まれの裁判官になったことが伝えられます。   (あらすじ おしまい)

 

 

 

絵本作家ジュディス・カーの実話だということを最近まで知らずにいました。

彼女の代表作は「おちゃのじかんにきたとら」でいかにも英国的じゃないですか!

それに「カー」というのはミステリー作家のジョン・ディクスン・カーとか、英語圏の名前と思っていました。

彼女はドイツ生まれのユダヤ人だったんですね。(スペルはKerrで Carrではないですが)

 

ユダヤ人の少女がナチス政権下でのユダヤ人迫害に巻き込まれ、

家や友だちや大事なうさぎを奪われ、スイス→フランス→イギリスと亡命を繰り返すことになる

過酷な運命を描いてはいますが

「父が殺されるのを目撃する」とか

「自らも収容所に送られる」というようなホロコースト映画ではありません。

(子どもに見せてトラウマになるような残虐なシーンは直接的にはありませんでした)

アンネ・フランクのように屋根裏部屋で息をころして潜んでいる・・というものでもないですが

常にそうなる運命とは隣り合わせ。

もう痛ましくてなりません。

 

もし警察に内通者がいなくて、亡命があと数日遅くなってしまったら

彼らの命はなかったかもしれません。

家をでるときにとなりの人に見とがめられたり

兄のマックスがうっかり親友に別れの挨拶をしにいっちゃったり、

そのあとのホロコーストを知っているだけに、心臓バクバクでした。

パリだって、もう少し長くいたら、あの管理人に売られてしまったかも知れません。

父が反ナチスの立場だったことから、常により迅速に動いたのが良かったということでしょうか。

 

終始10歳くらいのアンナの目線で描いているので

日常のこまごましたエピソードがとても共感できます。

スイスの田舎の小学校では、ここの方言がわからなかったり

女子は端を歩かなきゃいけないのを知らなかったり

アンナは間違っていないのに、ここでは多数派じゃないので笑われてしまうのです。

「側転のお手本見せようとしたらパンツが丸見え」とかで

大騒ぎされたり・・・・

「亡命」とかでなくても、「田舎の学校に転校あるある」ですね。(私にも経験あります)

 

父が亡命先でも「元有名評論家」のプライドに執着しているのに対して

母の環境順応能力はスゴイですね。

それまで母は声楽やピアノばかりやってきて、家事はハインピーまかせの「マダム」だったのに、

必要とあればちゃんと料理もつくるし、セーターも手編みするし、

生活レベルを収入にあわせることができます。

アンナの新しい通学カバンのために、自分の大事な装飾品を売るのも躊躇しません。

沽券や信条にこだわる男性脳と より現実的な女性脳というところでしょうか。

この両親をみてアンナとマックスはバランスよく育ったんでしょうね。

 

辛いことばかりで、雪崩とか遭難とか暗い絵しか描けなくなってしまったアンナ。

「明るい絵を描かなきゃだめだ」とはけっしていわれず

「感じるままに描けばいい」と父はいってくれましたが、

次第に人を喜ばせるために明るい絵がかけるようになって、

大人になってから、世界的な絵本作家になったのですね。

 

ところでタイトルになっている「うさぎの人形」ですが、

実はほとんど登場しません。(↑シネマ・トゥデイの説明はちょっと間違っています)

 

最初の「仮装」の時にテーブルの下で抱いていたくらいかな?

これは悩んだあげくに家に残して、旅先には犬のテリーの人形をもってきたのですから・・・

「ジョジョ・ラビット」でも、タイトルに登場しているから、

ナチスに対しての「うさぎ」は、なにかの暗喩になっているんでしょうかね?

 

 

父を演じたオリヴァー・マスッチは「帰ってきたヒトラー」では

ちょび髭をつけてアドルフ・ヒトラーを主演していました。

私には彼はドイツ人にしかみえないのですが、ユダヤ人との違いはどのへんで判断するんでしょう。

日本人の目からは韓国や中国の人は(人によりますが)なんとなく区別できるので

そんなビミョーな感じなんでしょうかね?

 

 

アンナ役のリーヴァ・クリマロフスキは全くの新人さんなんですけど

表情や身のこなしがクロエ・グレース・モレッツの子役時代にそっくり。

なかなかのお転婆さんで、見事な側転を披露するシーンとか、

「キック・アス」のヒットガールにしか見えませんでした。

 

後半どうでもいいことばかり書きましたが

原作本とともに、アンナと同じくらいの年齢の子どもたちにぜひ見て欲しい作品です。

 

ちなみに原作は2冊の続編のなかでイギリスでの生活がつづられているそうですが(邦訳なし)

映画は第一巻目の「ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ」の時間軸で描かれています。