映画「はじまりの街」 平成29年10月28日公開 ★★★★☆

(イタリア語 字幕翻訳 吉岡芳子)

 

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夫の暴力から逃れるため、アンナ(マルゲリータ・ブイ)は息子ヴァレリオ(アンドレア・ピットリーノ)と一緒に

ローマから親友カルラ(ヴァレリア・ゴリノ)が暮らすトリノに移り住む。

アンナが職探しに駆け回る中、転校したばかりのヴァレリオは友達もできず孤独を募らせ、二人の溝は深まっていく。

見知らぬ街で新たな一歩を踏み出そうと奮闘する母子を、

カルラや近所のビストロオーナーは温かく見守り……。(シネマ・トゥデイ)

 

 

中学校から家に帰ってきたヴァレリオを待っていたのは、別居中の父が母を罵倒する声。

「お前なんかクソだ!頭をブチ割ってやる!」

「通報なんかしやがって!」

「ここはオレの家だぞ!」

父から激しく殴られる母をみて、思わず失禁してしまうヴァレリオ。

 

場面が変わって、ローマからトリノに向かう長距離列車のなか。

到着したトリノ・ポータ・スーザ駅には母アンナの親友のカルラが迎えにきていて、二人を歓迎してくれます。

「ここが私の王国よ」

という彼女の家は小さいけれど居心地が良さそう。

二階のベッドルームを二人に提供してくれ、母子の新しい生活がはじまります。

 

DV夫から逃げてきたシングルマザーの再出発の話なんですけど、終始息子のヴァレリオの視点で、むしろ

「親のごたごたに巻き込まれた思春期の少年の成長物語」ということでしょうか。

岩波ホールの単館上映なので、もっと小難しい感じかと思ったら、

「シネスイッチ銀座」レベル?の心から共感できるドラマでした。

 

暴力夫から逃れられて、とりあえずホッとした母アンナ。

ここで仕事を見つけて、息子との母子生活を安定させようと、そそくさと職探しに出かけます。

カルラは天真爛漫の(そんなにメジャーではない)舞台女優で、ヴァレリオのことも我が子のように可愛がってくれますが

ローマから離れて同年代の友だちもいないし、やることがありません。

13歳の男の子が毎日母親とダブルベッドで寝る環境もちょっと・・・・

2,3日ならともかく、こんなプライバシーのない生活はいつまで続くのか・・・・

ヴァレリオは憂鬱でたまりません。

 

二階の窓からは向いのビストロが見えるのですが、

そこの店主は悪がきを躊躇なくしかりつけ、あとでその親にクレームをつけられて、あわや乱闘になりかけるような人物。

マチューというそのビストロオーナーにはこのあと、

「パパがママを殴るから逃げてきた」と告白できる間柄になります。

 

ヴァレリオがいつもひとりで自転車で走り回っている公園には娼婦たちがたむろしていて、

厚化粧に派手な露出高い衣装の彼女たちは彼の好奇心を刺激して、いつもチラ見しているのですが・・・

ヴァレリオが転んでけがをしたとき、すぐに手当てをしてくれたのをきっかけに、

彼女たちのうちのひとり、ラリッサと親しくなります。

休みの日にデートをして、遊園地にいったり、買物をしたり、楽しいひと時をすごします。

ラリッサは故郷(東欧?)に弟がいて、ヴァレリオに弟の面影をみたのでしょうか。

 

その頃家には、祖父経由で夫からヴァレリオ宛の手紙が届くのですが、

アンナは「こんなものとても息子には見せられない」と隠してしまいます。

そこには息子に会いたい、という父親の心境がつづられていたんですけどね。

 

ようやくアンナの仕事が見つかりますが、それは三交代で深夜作業もある清掃の仕事。

重労働で家も空けがちになりますが、それもすべて息子のためと思って頑張って働くアンナでしたが、

留守中に夫からの手紙をヴァレリオが見つけてしまい、ショックで家を飛び出します。

 

マチューは一緒に車でヴァレリオを探してくれたり、別の日、アンナにつきまとう男を撃退してくれたり、

なにかと親子を助けてくれるのですが、撃退するときに暴力をふるったと、警察に連行されてしまいます。

 

ヴァレリオはお店でラリッサにプレゼントしようと、スノードームを買い、公園で彼女を探すのですが、

彼女は「客」と車の中で「(娼婦としての)仕事」をしているのを目撃してしまいます。

 

引っ込み思案でおとなしいヴァレリオでしたが、ついに母にむかってキレてしまいます。

「知らない街に引っ越しさせられて友だちもいない」

「馬鹿みたいにひとりで自転車で走り回るだけ」

「ひきこもりたくても、ひきこもる部屋もない」

 

ばらばらになってしまったアンナとヴァレリオの心は修復できるのでしょうか?

ふたりはこの地で再生することができるんでしょうか?・・・・

 

 

 

暴力亭主がいつ登場するのかと、ひやひやしながら見ていたんですが、あれ?出てこない。

母子はかなりどん底状態まで落ちてしまいますが、実際DV夫以外はそんなに悪い人はでてこない、

むしろここまで親身に思ってくれるアンナとマチューに出会えて、恵まれていると思ってしまうほどです。

 

昔起こした死亡事故のためにプロのサッカー選手を引退したマチュー

女性の一人暮らしを貫いているカルラ

風俗で稼ぎ、故郷に仕送りしている移民のラリッサ

 

彼らはけっして強い立場にはないけれど、だからこそ親子に優しくできるのかもしれません。

 

ちょっと社会派だな、と思ったのは、社会のルールは、けっして彼らを守ってくれないということ。

支援を求めようとしても、(まだ離婚できていないから)「父親の同意」が必要だといわれます。

父親から逃れてここにきているというのにね。

「不合理だけれど、これが法律です」

ということばが冷たく響きました。

 

「シングルマザーと思春期の息子」を守ってくれるのは、結局、彼らをとりまく人間たちなんですね。

でも、「DV夫からの逃避」という特殊な設定でなくても、普通に

「子育てあるある」「引っ越しあるある」のエピソードも多く、共感度高いです。

思春期の息子と母の気持ちのすれ違いは、どこの家庭にもあること。

旅で訪れたとしたら、美しいと感じる秋のトリノの街並みも、これから暮らすと思うと

自分たちは受け入れられてないんじゃないかと、拒否されているような・・・・

新しい土地で自分の居場所をみつけるのは、誰にとってもある程度時間がかかるものです。

 

アンナは母子で住めるアパートを探したり、

カルラは自分の嫌っていたテレビを中古で買ってきたり、犬を飼ったり

ヴァレリオの気持ちに沿ってくれようとする方向へ。

 

でも、最後のほうで、同年代の少年たちがサッカーに誘ってくれて・・・・

ヴァレリオが待っていたのはこれだったんですよね。

希望の見えるラストはいいものです。

 

ヴァレリオ役のアンドレア・ピットリーノ君がホントに初々しくて、可愛らしい。

10代の頃に錦織圭選手にちょっと似ていますね。

 

マルゲリータ・ブイとヴァレリア・ゴリノというイタリアの看板女優が共演していますが、

とくにマルゲリータ・ブイは、いつも隙のないキャリア女性の役だったので、

作業着着て掃除している姿がどうも納得できなくて困りました。

 

 

岩波ホールのあたりは古本まつりのメイン会場だから、この時期、たいへんな賑わいでした。