体は東宝、心は東映。実写版進撃の巨人は多分欣二へのラブレターじゃないかと | 湿った火薬庫

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お久しぶりです。梶原です。
ブログを愛読してくれている読者の皆さん、本当に有難うございます。

7月の中期から大分間が空いてしまいました。ツイッターでのうのうと駄弁ってる余力を少しでもブログに充てれば良かったのですが中々気力が沸かず、しかも夏の暑さの襲撃もありブログへと向かう気力を削がれていたのです。はい、はっきり言って、言い訳です。ごめんなさい。
そんなぐうたら擬人化人間な僕ですが、今日見た映画がそんな僕のぐうたらっぷりを吹っ飛ばす様な作品で、こりゃブログで何が凄くて何が良かったかを今すぐ書かねばいかんな……と重いぎっくり腰を上げて駄文を綴っている次第であります。

前置きだけで本題から逃げそうになりそうなので、早速本題に移ります。

僕が今日見た映画は進撃の巨人 ATTACK ON TITANる映画です。

説明する必要性はあまり無いかもしれませんがこの映画がどんな映画かを簡単に。
この映画は原作物で、講談社の月間少年マガジンで現在も好評連載中の漫画、進撃の巨人を実写映画化させた物です。大雑把に粗筋をご紹介しますと、突如として人類の前に現われた巨人達が、その圧倒的な暴力により世界を恐怖の坩堝に陥れます。人類はそんな巨人達に抵抗すべく防護壁を作り上げ、巨人達から身を守りしばらく平和な時を過ごしていました。しかし突如として、そんな防護壁すらも乗り越える超大型の巨人が出現し人類の平和は脆くも崩れ去る……というお話です。

この一体どこからかやって来たかも分からない、異形の巨人達が人間を襲うという奇抜な設定と、凄まじく危機的な状況の中でも、主人公のエレンら登場人物達が知恵と能力を駆使し、凶暴な巨人達と戦っていくという物語は、メインターゲットの中高生は勿論の事。大人達の間でも今までに見た事のない作品だと多く人を魅了して、アニメ化やゲーム化等色々なメディアで取り上げられた結果、熱狂的なファンを生み出しました。
さて、そんな作品が実写化です。


この実写化の一報には、主にネットで大きな波乱を呼びました。作品自体もですがキャラクター一人一人にも熱度の高いファンが多いこの作品。設定はどうなる、あのキャラはどうなる、そもそもこんな企画無謀にも程があるんじゃないかetcetc……。話だけを聞くとまるで不安要素しか無い様な、そんな賛否、いえ、殆ど否のムードが強い、そんな雰囲気でした。
実写化に関し、当初下妻物語や渇き。や告白でお馴染みのビジュアルセンスに定評がある中島哲也監督が舵を取る予定でした。しかし中島監督は諸々の事情で降板してしまいました。
中島監督の代わりに白羽の矢が立ったのは、ローレライや日本沈没と、特撮色の強い作品を多く手掛けている樋口真嗣監督です。これに加えて、ジョーカーゲームや映画ST等の幾多の代表作を持つ渡辺雄介氏と、映画評論家もとい、アメリカ文化に造詣の深いライターとして知られる町山智浩氏の二人体制での脚本が加わり、一旦仕切り直し本格的に実写化が動き出しました。

上記の様な土壇場での交代劇に加え、製作が開始されてないのに巻き起こる世間での賛否両論最早火中に栗を拾う、どころか飛び込む様な状況の中でも、しっかり映画を完成させたスタッフの皆さんは本当に凄いと思います。彼らに最大限の労いを込めつつ、無駄に長くなりましたが僕のこの映画に対するスタンスを伝えておきます。

実の所、こんな事を言うのは少々ビクついているのですが、僕はそれほど原作であるコミックスを読んでいる訳ではありませんし、コミックスを忠実に再現したというアニメも殆ど見ていません。
最低限、エレンやミカサやアルミン等といった主要人物関連と基本設定をちょこちょこ頭に含んでる程度の、にわかとも言えない人間です。ついでに言えば、上記の実写版を手掛ける事になったスタッフについても、はっきり分かる様な人が、作品(というか評論)を読んでいるのは町山智浩氏くらいで、樋口監督作も渡辺雄介氏の作品も作品を見たか見ないか……多分どっちか見てる気がする……っていう、言わばうろ覚えな状態の本当に知識不足も甚だしい状態で、今回の進撃の巨人を見させて頂きました。

原作にも疎い、製作者側にも疎い、ある種即門前払いな僕が、一体この作品のどこを重点にこの作品を見たのか?それは脚本の内、どこまでが渡辺氏でどこまでが町山氏の範疇なのかは分かりませんが脚本の一人である町山智浩氏に、重点を置いて挑む事にしました。
何故町山氏に注目するのか?簡単に説明させていただくと、僕にとって町山氏が憧れの人であり、尚且つ町山氏がアメリカ映画、だけでなく様々な映画に精通している正に評論家のプロであるが故に、そんな人がどんな風にこの作品を描くのか?を知りたいと思ったからです。ここまで宜しいでしょうか。

急に話が変わりますが、僕の愛読書で映画秘宝なる雑誌があります。この雑誌について説明しだすと多分1万字くらいいきそうなので超単純にドの付く映画バカが好む雑誌ごめんなさい)なのですが、この映画秘宝の2015年の3月号で、町山氏は、翻訳家で映画の評論も手掛ける柳下毅一郎氏と去年の映画のベストテンについて対談しているんですね。そこで町山氏はあくまでぼかしていますが、進撃の巨人の脚本について柳下氏に自身の心境を独白しています。その一部を抜粋いたします。少し長いのですがこの先の感想に関わる部分なので是非読んで頂けると助かります。

町山氏『アクトオブキリング』なんて抱腹絶倒なんだけど、それはバカにしてるんじゃなくて、あまりに酷すぎて笑っちゃう。笑うしかない感じ。でも、それを笑う感覚の人って、日本では1%位しかいなくて、多くの人にとっては凄く伝わりづらい事なんだって思ったよ。それで今、苦労してるんだ。
柳下氏:苦労って?
町山氏:脚本には「ここ笑うとこです」とは書けないんだよ!一見シリアスなシーンに見えても実はちょっと間抜けなシーンを狙っているんだけど、これはシリアスに撮りすぎたらダメだ。
でもあからさまにギャグっぽく演出してもダメなんだ。マジかギャグか分からない微妙なところ、そのスピルバーグ的な居心地の悪い感じが理想なんだ。それを生み出すのは俳優の演技と撮り方とタイミングと編集なんだよ。『プライベート・ライアン』で壁が崩れる瞬間の爆笑と戦慄。死ぬほど怖いのに怖すぎて観客は思わず笑ってしまう。あれは映画の奇跡だよ!その奇跡がほしいんだ!(大体原文ママ)

町山氏が進撃の巨人で何を目標に脚本へ挑んでいたが、それとなく分かる気がしませんか?
この対談の全編は、もしお持ちでなければ是非2015年3月号の映画秘宝を買って頂くとして……。町山氏はスピルバーグ的な居心地の悪い感じ、もとい想像を絶する事態が起きた時に発生する爆笑と戦慄を求めていて、プライベート・ライアンを例に挙げつつ、死ぬほど怖いのに怖すぎて観客は思わず笑ってしまうと語っています。そして、それこそが映画の奇跡と。つまり読解力に些か疑問がある僕ですが、町山氏の真意をそれらしく解析してみました。つまりです。
町山氏は登場人物だけなく観客もろとも恐怖させる様な物語を目指しつつ、そこにしっかりと観客が笑える、あるいは感情が揺さぶられる瞬間が散りばめられた映画を撮りたいと仰っているのではないでしょうか。

では、そんな瞬間が、町山氏の奇跡もとい軌跡が、進撃の巨人 ATTACK ON TITANにあったのか、それとも無かったのか?ここから先はネタバレはありませ……なるべく無いようにはしますが、全く関係ない作品のネタバレが飛び出るのでご了承ください。それとここは何度も強調しますが、今から綴られる感想ははあくまで僕の観点から見た作品の感想です。

これがですね、もしかしたら町山氏自身は対談の内容からしてここ笑い所!な箇所を作っていたかもしれませんが、僕からしたら笑える場面はありませんでした。けれど。けれどちゃんと、感情は揺さぶられました。それ以上に、ここまでジーンとさせてくれてグッとさせてくれる作品になるなんて正直思いもしなかったです。
町山さん、参りました。正直ダメならボコボコに叩こうとか思ってたのを真面目に反省します。まぁ、町山氏一人の功績では勿論ありませんがそれは置いといて……。

とかく、僕がこの作品を見ている最中連想した作品があるんですね。
それは町山氏が対談の中で例に出していたスピルバーグの作品でも、どこかから噂になっているヴァーホーベンの作品でもなく。自分でも奇妙だとは思いますが、邦画のアクション映画界のグランドマスターにして、東映の礎を作り上げてきた巨匠、深作欣二監督が遺した傑作、バトル・ロワイアルでした。

多分バトル・ロワイアルを知らない人もあんまりいない気がしますがこちらも大雑把に内容を話しておきます。
近未来の日本。国の定めた法律、BR法なる法律が普及しており、BR法とは全国の中学校で中学三年生のクラスからランダムで選定されたクラスが孤島などに拉致されて、最後の一人になるまで殺し合いをさせられます。
その中から一人、生き残った者が優勝者として国から手厚く支援などを受けられる様になる……という気の振れている法律です。そんなBR法の選定に主人公の七原秋也のクラスが選ばれ……というお話です。今振り返ってもやばいですねコレ。

まず中学生が殺しあう、という設定からして世間では賛否両論、映画化してもレーティング、この作品をR指定にするかどうかで、映倫と映画の監督である深作監督が揉めたりと、とにかく争い事が多い作品になりました。が、苦労の末に出来上がった作品は深作監督の手腕が十二分に発揮された非常にバイオレンスながらもエネルギッシュ、それでいて深いメッセージを孕んでいる、今でも邦画アクション史に名を残す名作となりました。

そんな伝説的な作品と進撃の巨人 ATTACK ON TITANがどう通じているのか?と首を傾げる方が沢山幻視……いや、二、三人かな?それはともかく、一つづつ説明させてください。

まず一つに、原作の妙味を映像というパワーで魅せている点です。
進撃の巨人もバトルロワイアルも設定だけを抜きだすと荒唐無稽というか、よくこれを実写化しようと考えたな……と思う様なパワーを放つ原作ですが、前者はしっかりと見応えのある特撮技術と細部まで拘り抜かれた美術、後者は深作監督による緊迫感のある演出により、飽きさせる事なく物語の世界にこちらを引き込んでくれます。何だかんだインパクトをぶつけられると、もう夢中になって順応せざるおえないです。前者は巨人、後者は北野武。

二つ目に、主人公の置かれている状況についてです。
進撃の巨人のエレンは突如現われた巨人達に街を蹂躙され、目の前で大切な友人が危険に晒され、巨人の前に自分の力が及ばない、どうしようもない現実に打ちのめされます。バトルロワイアルの七原は元々穏健な人格もあり、殺しあうよりもどうにかクラスの皆とBR法に抗える術を探そうとしますが、嬉々として殺人に走り出すクラスメイトや、ある種ラスボス的な桐山という存在、それに誰が仲間で誰が敵かも分からない状況下に何も出来ない己を悔やみます。
この二人に共通しているのは(他の作品にも当てはめる事は出来るけど、そこには触れないで無力」でかつ「現状を変えたい」と願っている事です。その果てに二人が起こす行動は観客に対して凄まじい揺さぶりを仕掛けてきます。この揺さぶられる瞬間は、町山氏の言葉を借りれば「壁が崩れる瞬間の爆笑と戦慄」から連動する
「映画の奇跡」に該当するのではないかと、僕は考えます。ただ、七原は走るという選択肢を取ったのに対し、詳細は伏せますがエレンは戦うという選択肢を取りました。これがどうバトルロワイアルに、ひいては深作監督と町山氏が重なるのかは一先ず置いておきます。

三つ目、主人公のエレン含む、登場人物達が不条理過ぎる・理不尽過ぎる環境へと叩き落されるという点です。どちらも設定・物語共に全く違う次元での話ですが、根底に通じているのは「容易に覆せない、残酷な現実が迫る」という点です。片や爆弾付の首輪を嵌められて脱出不可能(一応)の孤島での殺し合いを迫られ、片やいつ来るかも知れぬ巨人の侵攻に怯えながらも生きていかねばならない。まだバトルロワイアルの方がマシに思える気がしますが、七原達にとっては明日どころか、1秒後さえも生きていけるか分からない環境です。そんな中でも人間って不思議な、むしろ追い詰められているからこそ、己の欲望に忠実になります。ある者はとにかく食料を求め、ある者は種を残す為に性的行動に走り、緊迫した状況であるにもかかわらず、互いの主義主張で小競り合いをしたり……。ここら辺の生々しすぎる人の生態を、深作監督も町山氏も盛り込んでいく所に(そしてどちらも原作があるのを踏まえつつ、そういうアレンジを加える所にも)重なりを覚えるのですここら辺は深作監督の、というより町山氏の抱えている戦争映画へのオマージュの要素が強い気がしますが、それはそれで。

僕は。四つ目、バトルロワイアルを巡り映倫と火花を散らした深作監督ですが、頑張りも叶わず結局R15、中学生は鑑賞できない状態での公開になりました。けれどですね、僕と同じ世代の20代後半か、差し掛かる位の年の世代の人は下世話な推測ですが、実際劇場で見れなくてもレンタルなりでこっそり、あるいは年をごまかしてバトルロワイアルを見たという経験を持ってませんかね。多分僕だけじゃないと思うんですが。その時のバトルロワイアルに受けた時の感情って思い出せます?多分怖いとか痛いとかぼんやりした感想を抱いていて、最終的に良く分からないけど凄い物を見てしまった……と、今振り返るとそんな気分になった人は少なくないと思います。
そして今回の進撃の巨人はPG-12。12歳未満でも、いわば未就学児でも親御さんと同伴であれば見れる仕様になっていますバトルロワイアルも、進撃の巨人も、どちらも中高生に取って今は恐ろしい、怖くてイヤな作品だった……となっても、でもなんか良く分からないけど凄かったよな、あの作品、になり、時を経て世界の残酷さ、残忍さ、そして不条理と理不尽さを教えてくれた映画となるんではないかと、僕は勝手に思っています。

その事を踏まえて、最後の理由である5つ目です。
いきなりネタバレになってしまいます。バトルロワイアル未見の方は申し訳ございません。
バトルロワイアルはラスト、七原とヒロインの中川は、協力者である川田の死と引き換えに狂気のBR法から脱し、本土へと辿りつきます。変装して七原と中川は新たな地へと向かいだします。彼と彼女が向かう先は新たなる未来か、それとも……ここで七原の声と共に、スクリーンへとこんな言葉が出てきます。走れ!と(バトルロワイアルⅡ?そ、そんなのもあったけど別に嫌いでもないけど取りあえず今はおいといてください、お願いします……

そんなぐっと来るラストを迎えるバトルロワイアルですが、さて進撃の巨人はどうか。これは実際に見て頂きたいので詳細は伏せますが、町山氏からの声が聞こえましたね。戦え!と。そう、どちらも主人公がどうしようもなく深い、地獄の暗闇の底へと突き落とされます。ですが、その底から血塗れで、傷だらけで、それでも諦めずに這いあがる。その姿に、僕はどちらからも、、「己の境遇を悔やんでも悩んでも構わない。だが、お前は必ず立ち上がれる」というメッセージが感じ取る事が出来た、ある種非常に教育的な作品だと勝手に思っています(二度目)
ここまで馬鹿みたいな持論を振り回しましたが、町山氏は一度も深作欣二監督を、というかバトルロワイアルを進撃の巨人を書く上でリスペクトした、とは公言していません。ある種僕のこのブログは良い迷惑です。
しかしこの地獄の様な世界の中でも、幾千の藁の中にある希望を掴もうとすれば世界は変えられる。だから走れ!という深作監督からの遺言を、町山氏はエレンを通じて、戦え!と今の若い子達に届けたかった、とまでは邪知越えて電波受信かもしれませんが、僕は勝手にそう思っています。さて、ここで困った事を一つ。

実の所パンフレットには、今回の実写版進撃の巨人を作るに当たり、町山氏はダンテの神曲を主軸にしようと提案したそうです。つまりエレンの受難や世界観はダンテがベースなので深作監督とか全然関係無かったみたいです。まぁ、でもパンフ読まずに書いちゃったから仕方ないね!でも感じたんだもん深作魂を!ね!

気を取り直して……まるでもう全編を通して進撃の巨人を評しているような文章ですが、この時点でまだ進撃の巨人は前編です。つまり進撃の巨人は二部作に分かれていて、後編のエンド・オブ・ザ・ワールドが9月に控えているのです。で、前編だけで言えば現時点で僕の評価は最高値です。この流れ寄生獣も同じでした。あれも前半だけだったら五億点でした。

グダグダ教育的とか抜かしましたが、単純に絶望からのカタルシス劇としてよく出来てるなと思います。悪い所はもう僕が挙げなくてもいいんじゃないですかね。キリが無いですし、見てる人達も一つや二つ、じゃ済まない位租はあります。細かい部分、ドラマ部分のどうしても気恥ずかしい台詞の応酬や、オリジナルのキャラクターのシキシマ氏のキッツい演劇口調(まぁ、長谷川さんに罪は無いけど……)、後、ある場面での幾ら緊迫してる状況でもあの車両からは目は離すなよ!って所とか。
後、どうしても原作を重視している人、あるいはキャラクターに思い入れのある人にとっては正直キツい作品になると思います。特に主人公周りとか。ここまで僕が思い入れを込めて語れるのも、原作にも製作者側にも造詣が浅い為かもしれません。でも逆に。

逆に言うと一つの映画として、僕は(原作未読者というバイアスを外しても)とても面白く、それでいて楽しめた作品には違いありません。願わくば後編のエンド・オブ・ザ・ワールドもこの東映深作魂を、戦え!という心意気を最後まで見せてくれることを今は期待します。最後に、現在発売中の映画秘宝2015年9月号で、町山氏が進撃の巨人の脚本についての独白で述べている事を一部抜粋します。

俺もこの仕事を引き受けたとき、周りからメチャクチャ言われたよ。「漫画の実写化、成功したためしがないですよ」「特にこれはリスキーすぎますよ」「もし失敗したら映画評論家やめろと言われますよ」みたいにね。でもさ、映画評論家として食えなくなるくらい、映画屋さんや漫画家になろうと人生かけてる人達のリスクに比べたら屁みたいなもんで申し訳ないよ。
なんでも、やってみなきゃわからない。でも何もしなきゃ成功する確率はゼロだから。何も変わらないから。「失敗するからやめとけ」と言う人たちに聞きたいよ。じゃあ一生、安全地帯にいるのかって。

安全地帯、否、壁の外に飛び出した先に見える景色は何なのか。
町山さん、期待してます。梶原でした。


どうでも良い戯言 実の所町山氏の作品に対する思想や捉え方を知りたくパンフレットを購入しましたが、非常に残念な事に町山氏単独のインタビューも作品解説もなかった(原作者の
諫山氏と樋口氏が軽く触れているが)願わくば次回のパンフレットに、値段が上がってもいいから町山氏の見解を乗せて頂きたいです。改めて梶原でした。