悟りとはなにか?【原点回帰編】 | 諸行無joe 『より豊かなLIFEへ』悟りとは何か?脳科学 心理学を生かしたコーチング

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すべては移り行き変化していくものです。
あらゆる人間関係や環境に関係なく無条件に幸せになっていいんです。
そのように変化してもいいという気づきをもたらす
コーチングをしています。

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テーマ:

『悟りとはなにか?』

みなさんもご存知の通り

このブログ諸行無joeのサブタイトルです。


しかしながら


最近の私がブログでアップしている記事の内容といえば


悟りとはほど遠い


色即是空

で、言うところの色の世界のことを書いてます。


簡潔にいえば


色にどっぷりと浸かってます


このブログを昔から読んでくださっている奇特な読者さんなら、私の言ってることを理解してくださると思うのですが、通りすがりの方や、たまたま私のブログを拝見した方の中には



色即是空って何よ?


って話だと思うんですよ。


簡単に説明しますと、我々が認識している世界は解釈の世界であり、その解釈の仕方は人それぞれで、その解釈の仕方によっては人生は苦るしみを生み出すこともあるからして、ただ一方で解釈ってのは、どのようにして物事を捉えているのかって概念的な要素なので、その概念は変えることもできる。


でも、概念は長年の蓄積によって、その人なりの価値観を構築していきますので、よほどの出来事やハプニング的な出来事に見舞われないと、なかなか解釈自体を変えることは難しいよね。


そもそも


何かのきっかけがあって自身がそのように解釈している。


解釈してしまった。


ってことにも気づいてなかったりって場合もあると思うのです。


ってことで


その独自の解釈やものの見方で見ている世界のことを色の世界と言うわけです。


色(いろ)のついた世界


なんですが


解釈(色)がついていない世界、その状態も同時に存在しているわけで、その世界のことを空と呼ぶわけです。



色すなわちこれ空なり


ですから、このような意味合いになります。



なにも描かれてない真っ白なキャンバスを空とするなら、そこに独自の解釈で世界観を構築していくことを色を付け足していくってことで、キャンバスに色をつけていく。


それが色の世界の構築というわけです。


なんですが


生まれたばかりの赤ちゃんは


自分以外の存在を認識できていません。


つまり、


母親とか父親といった概念がないのです。


それどころか自分という個人さえ認識していません。


区別のない、仏教用語で言えば分別がついていない状態を生きているわけです。


あらゆる差別が生まれる前の状態ですね。


それはすなわち空を生きているということです。


でも、赤ちゃんのケースでいえば、もともとがそこを生きていますので、


悟りを開くってのとは、また異なります。


赤ちゃんの場合でいえば


分別が存在しないので、当たり前ですけど


そこに善も悪も生まれようがないのです。


で、僕らはいろんなことを学んでいくうちに、その中で自分なりの解釈の仕方によっては、それが価値観となり、自身の価値観にそぐわないものを悪と評価するかもしれませんし、自分の価値観と似たものは善と評価するかもしれません。


ただ、概念といった色を着色する前の状態も同時にそこに存在しているので


色、即ちこれ空なり


となるのです。


で、話を戻すと、最近のぼくのブログ内容でいえば世界情勢や政治・経済なんかを取り上げて、エラそうにも書かせていただいてるわけなんですけど、悟り云々とぬかしながらも、


完全にこれって色の世界の話しなんですよね。


つまり


わたしは悟りとはなんぞや?


と、うたまいながらも、


完全に



色(仕切)っとるわけです


わたしは


エラそうにも悟りという単語を持ち出しながらも



色っちゃてるんですね


(なぜ二度書く?)


これは見方によっては悟りという単語を持ちいた


悟りテロリストかもしれません(笑)


この現実世界にどっぷりと浸かり


右往左往する行為を


色る


そして


この現実世界には目も向けず



終始穏やかな笑みを浮かべて


すべてのものに捕われずに生きている


そんな聖人君子のような人のことを


空る(クール)にキメている


このように言います(笑)



ですので、これからは


現実世界に右往左往している人に対しては


色っとんな


おまえ色っとんな、と。

そしてこのように釘をさすわけです。

もっと空れ!!


あるいは


もっと空りなさい。


もっと空(くう)に入りなさい。


このように諭していただければ幸いかと思います。



その逆で


聖人君子のように、


何ものにも囚われず生きている人に対しましては


空(クール)っとんな

もっと色を楽しめよ




むしろ色に浸りなさい。


色(仕切)ってみなさい



このように使っていただければ幸いです。


2018年はこの言葉を流行語大賞としたかったのですが、選出されるどころかノミネートすらされませんでした。


ですので、皆さんのお力添えで、


この


色(シキ)る



空(くう)る


を流行語大賞に


まずはノミネートできるように広めていこうではありませんか。


それから


色の世界にどっぷりと浸かっているかのような、そんな、私の最近のブログ内容なんですが


歴史を学ぶと


勝者の歴史
toyotomi hideyoshi. 豊臣秀吉
※現在の内閣府は豊臣家の桐紋を用いています。

桐紋⬅(クリック)


というのが理解できてくるわけです。


さて、


ようやくここからが本題なのですが


あまりにも前置きが長すぎて、ここまで読み進める前に


なんじゃこのブログは?


色(イッ)っちゃってんな


って感じで、読むのをやめてしまった方もいらっしゃると思うんですよね。


そんな方は、残念ですが肝心な本題に移行する前に諦めてしまった方だと、私が諦め



ただ一方では、このように思うわけです。


例えば


夕ご飯にオニギリしかなかったとします。


するとグルメなあなたはこのように言うでしょう。


なんだよ、おにぎりだけかよ?

だったらオレ、きょうは外で飯食ってくるよ


そんな方には残念ですが、


おにぎりの具材がなんなのかを知る由はないのです。


例えそのおにぎりの中身が


夕張メロン

だったとしても・・・


すいません。


相変わらず例えは悪いし、これでは全然本題に入りませんね。


では、本当の本題です。


散々っぱら、色のことについて書きなぐりましたが、


その解釈を通して構築した、その世界観は


ひょっとすると、


すべて


その全ては


歴史を創ってきた勝者側の思惑によって


そのように見せられてきた


まやかしの世界観なのかもしれないのです。


そして、我々は悟ろうが悟らまいが


その色(社会)の世界の中で生きていかなくてはならないのです。


いっけん華やかに見えるその世界は


誰かの思惑によって創られている可能性もあるということです


自分だけのオリジナルの色で描かれた世界観を生きながら、何かに躓いたり、右往左往しているのならまだしも


独自の解釈を、俗に言うところの


歴史の勝者側の都合により


まっさらなキャンバスに、そのような色に染まっていくように塗り変えられているだけだと知ったなら



その世界観は


今とはまるで違って見えることでしょう。



そんなわけで今日のブログはここまでにしておきますけど、


色るとか


空るとか


わけわかんないことを散々書きましたけども


実を申しますと


わたしは吉本の小籔さんが大好きなんですが


その小籔さんの影響をもろに受けてしまっただけなのです。


私に影響を与えた、その小籔さんの名言が飛び交う動画がコチラになります。



45分ぐらいの動画で、しかも卑猥な表現も含まれていますので、超絶に忙しい方や18歳未満の方にはオススメできませんのであしからず。



この動画を最後までご覧になった方に



ひとこと



いつまでも色っとんなよ


ありがとうございましたm(_ _)m


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