こんにちは。かいとです。

 

僕は就職氷河期少し後の世代ですが、就職活動を真面目にやらなかったので、大学卒業時就職先が決まっておりませんでした。
卒業後2ヶ月間は、居酒屋のバイトをしながら就職活動を続けていました。そして5月には、なんとか3つの会社から内定をもらいました。

 

①コスメ什器の設計
②商業施設の設計施工
③建築の設計事務所

 

このときの勤め先の選択で大きく人生が変わってしまいました。(と思い込んでいますが、実際当時の自分ならどこへ行っても一緒だったかもしれません)
 

結局、浮足立っていた自分は②商業施設の設計施工の会社に入ってしまいました。
ちゃんと建築家を目指すなら、③を選ぶべきだったのですが、完全に選択ミスです。
②の会社、職種の募集内容は、「店舗のデザイン・設計」だったのですが、入ってみるとただの施工会社でした。
入社日当日から、いきなり現場に放り込まれ、朝8時から夜9時、10時までの日々が突如始まりました。
設計をするためには、現場を知ることは大事です。
ですので、それを自分に言い聞かせながら最初の3年は頑張ろうと思いました。

それは、大学のゼミの先生から、
「どんな会社でもとにかく3年はがんばれ!」
と言われたことが心に残っていたせいもあります。

 

そして、入社から3ヶ月後、いきなり一人で現場を任されました。
小さい現場だったのですが、ほぼ素人の人間に丸投げする時点で、いまから考えるとブラック過ぎますし、会社としてリスクを負いすぎです。現場引き渡し前の1週間は、ほぼ現場に泊まり込んで工事しました。
無事、工期はぎりぎり間に合ったのですが、そこの現場が赤字になってしまいました。

そして、自分は工事発注には全く関わっていないにもかかわらず、給料から5万円カットされました。
もはや、この時点でこの会社を辞めて、早くほかの会社へ行きべきでした。
ところが、施工会社というのは工事があるときはめちゃめちゃ忙しいですが、工事がないときは暇です。
そんな時は、営繕をしたり、お客さん周りをして一日が過ぎていきます。

本当に暇すぎて、会社のパソコンで見積もりをしているふりをしながら、2chを観つづけている日々もありました。
そんなにやることがないなら長期休暇をくれればいいのですが、やることがなくても会社に来い、という会社でした。
しかし、そんな日々が2週間くらい続くと、新しい工事の仕事が入ってきて、ほぼ休めない2ヶ月間がスタートします。
工事が始まると、朝6時起き、帰りは夜の10時とか11時とか、引き渡し前には帰れない日もざらにあります。また、日曜・祝日もほぼ仕事です。
まぁ、そんな生活をしているとだんだんと性根が腐っていきました。

楽しみは、仕事の後のお酒と週末のキャバクラ通い。勉強もほとんどせず、どうしようもない20代でした。
 

そんな自分にも20代のうち何人かお付き合いする人はいました。
でも、恋人ができてもキャバクラ通いはやめられませんでした。

「自分のやりたいことのできていない虚しさ」を抱えたまま、でも、自分から何かを変えようともしないで生きていました。
 

しかし仕事には、何故か根拠のない自信を持っていました。

だから、「仕事さえ頑張っていれば、いつかもっといい会社に入れるだろう」とたかをくくっていました。
そして入社から5年後の2008年、ヤクザみたいなお客さんとトラブルになりました。

裁判沙汰までなりそうになりました。しかし、仲立ちに入ってくれる人がおり、そのトラブルは収束しました。
いまだにその事件は、僕の中ではトラウマになっています。
その時期は、「本当に死んでもいいや」思うこともありました。

自分の人生をだいじにせず、今考えるとありえないことですが、当時の自分は全く生きる気力を失っておりました。
 

そんな時、母が僕の姿をみるにみかねて、
「本当にいまのままでいいの?海外に行きたいんでしょ?」
と聞いてくれました。

そしてその1年後、僕はドイツへと旅立ちました。

 

ちなみに、そのブラック企業、退職金なし、最後の月の給料は基本給のみ(15万円)でした。
辞表を2回出して、社長に3回辞めさせてくれといいました。
しかも福利厚生全くなしだったので、年金と社会保険は6年間未払い。
この会社で働いた唯一の財産は友人です。

仕事を通して出会った友人の絆は強く、僕の結婚式のときわざわざベトナムまで来てくれた人もいました。

 

話はもどり、ドイツに行ってからの自分の人生は大きく変わります。ドイツには根をはれませんでしたが、ベトナムに根をはることができました。
まだまだやりたくてできていないことがたくさんありますが、ベトナムに来てからいろんな夢が少しずつ実現しています。

たまに日本に帰ると、日本には閉塞感を感じるので、だいたい3日間も日本にいるとベトナムが恋しくなります。
そして、ベトナムに戻ってくると、何とも言えない開放感を感じます。
ベトナムは第二の故郷になりつつありますね。


もちろん、その国との相性は人それぞれ違いますので、誰もが僕のようになるとは思っていません。
でもベトナムは、まだまだこれから発展していく国ですので、大きなチャンスが溢れています。

 

 

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