悟る

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 今日は年賀状の受付開始日らしいが、我が家は年賀状を出すことができなくなった。

 

 

 

 父親が急逝したためである。

 長男であるため喪主として父親を送ることになり、打ち合わせや準備で事務所はしばらく休業状態だったが、初七日を過ぎて、今日から少しずつ再始動するつもりだ。

 

 葬儀の日程に関しては、急がずに1日分の余裕をつくったため、父親との別れの時間をしっかりと持つことができた。

 毎日、納棺師の方に来て頂き、お通夜の日には湯潅をしてもらった。

 家族葬とはしなかったため、父親の古い友人の方たちともお話をすることができたし、非常に温かな雰囲気の葬儀となって良かったと思う。

 

 幸いなことに、自分の両親はこれまで健在で、死別について意識することも少なかったので、「それに立ち会った場合、自分の気持ちがどのように動くのだろうか・・・」とぼんやり思っていたが、今は「もう少し自分にできたことがあったのでは・・・」と言う後悔の念が少しと、感謝の気持ちが一杯だ。

 曹洞宗の葬儀だが、お坊様の読経を聞いていた時は、あまり意味もわからないので平気だったが、故人を迷界から悟りの道に導くための引導法語の内容が、なんとなく自分にも語りかけてくるように感じられて、聞いていて涙を流さずにはいられなかった。

 

 自分の父親は大工さんで職人気質だが、知的で穏やかな性格で、人や動植物などあらゆるものに対して優しかった。

 今後は、その生き方を手本に、自分も精進しようと思っている。

 

 車の運転などしている時でも、ノロノロ運転のあげく、赤信号に変わってしまった交差点にムリムリ突っ込んでいく車を見ていると、「普通に走っていれば、余裕で間に合うんだよ!」と非常にイラッとするところだが、これからは、そのようなノロノロ暴走車両を見かけても、なるべく平常心を保つようにしよう。

 父親が使っていた紅葉マーク(高齢運転者標識)は捨てずに、ダッシュボードに見えるように入れて、父親を乗せて運転しているようなつもりで、おおらかな悟りの気持ちを持ってハンドルを握るようにしたい。