昔語りを始めようか
それは、とある森に生える木の話
たわいもない御伽噺


そうだな、題名なんてものは必要ないくらい取りとめも無い、そんな昔のお話さ


その森は何時から森だったのか解らないほど昔から森だった
解るとしたら…そうさな。世界を作った神様くらいだろうよ
で、その森の中に樹齢がけっこういった大きな木が生えてたんだ
ま、その森の中じゃそれでも若い方だったんだが
そいつは他の木とは少し違っていた
何処が、と聞かれるとソレ自身は答えようは無いが、それでも兎に角違っていたんだ
一目見れば解るくらいに異質な気配を持っていたのさ


何故かって?


『名』を持っちまったんだよ。ただの木が

おや?不思議だって顔してるな
ま、そりゃそうか
名前なんてのは俺らにとっちゃ当たり前のものだしな
はは、だがな。木にとっちゃ当たり前じゃなかったのさ
『名』ってのは本質を現すもんだからな
そもそも『木』ってのは俺らが便宜上つけた『名』だろ?
それとは別に『名』を持つって事がどういうことか解るかい

俗に言う『精霊』って奴になっちまうんだよ、ただの木がだぜ


それは当時じゃありえない、いや、その森の中じゃ在り得ない事だったんだ
何せ、奴らにゃ『名』なんて概念が存在しないんだからな
あるのは希薄な『個』か『集団』かの差くらいだ
そんな中に強烈な『名』を持った『個』が現れる
森もざわめくってもんさ


その森のざわめきを聞きつけたエルフがその木を見つけた時、もう森は変わりきっちまってた
なんつーのかな、神々しい?
そう言う雰囲気になっていたそうだ
高位の精霊の生まれた場所はそうなるって噂はあるんだが俺が実際見たわけじゃねぇから此処は不確かなんだがな
で、エルフは聞いたのさ。その木に


お前は何だ、ってね


答えは返ってこなかった

そりゃそうだよな
木が言葉を知るはずも無い
ましてや違う種の言葉なんだ、解れって方がどうかしてる
だが、そのエルフはそうは思わなかったんだな、これが


高貴なエルフの言葉を下賎な人間ならともかく同胞である木が理解できないはずが無いってな具合でね
今じゃそんなエルフは珍しいが、当時はソレが当たり前だったんだな


で、だ
毎日毎日通っては話しかけていたそうだよ
そんな日々が続いて数年が過ぎた頃だったか
突然、彼の耳に葉ずれの音以外の音が聞こえたんだ
最初は気のせいかと思ったんだが、音は風も無いのに続いている
しかもソレは段々と言葉になっていくじゃないか
彼は歓喜してどんどん話しかけていったんだ
するとどうだ、面白いように返事が返ってくる
だが、肝心な部分
その木が『何か』ってところだけは言葉が返ってこない


その『何か』を知るのにまた数年
今度は木が自身を理解する時間が必要だったって訳だ
そして、それを言葉に変える事が出来る様になるまでの、な


で、漸くエルフは答えを得たって訳だ
それ以来、その場所は神域というか聖域と言うか、良くあるそう言う場所の一つに数えられるようになった
その答えのおかげってのも変だが、ソレが理由でな


で、結局その答えは何かって?
はは、そりゃあれだよ


お前さんも聞いて見ればいい
ほら、ちょうどあそこに頭に柿を生やした精霊種がいるじゃないか
ちょいと声をかけて問いかけりゃ良い


きっと同じ答えが返ってくるはずさ