散歩 | 鳰アンオフィシャルブログ

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日々の出来事、料理のことなど適当に書いてます。

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バイク🏍️の後輪がパンクして、修理したけど空気の漏れが止まらないのでさらにしました。


さらとは、関西圏の方言で新品のこと。さらにする=新品に交換する。「まっさら」


これは、先日参加したラリーイベントのひとコマ。今回の散歩とは直接関係ありません。


バイクを山科区のお店に預けて、京都の旧市街へ移動。(山科区も京都市内だけど、山科から旧市街へ行く場合も「京都行く」と言います。京都へは、関西ではしばしば省略されます。)


お昼は、荒神口のてんぐさんへ。

前々回のブログで天狗と記載したお店です。(面識はありませんが、高校の後輩のお店です)


肉カレーささめんとミニ丼のセット


ささめんは、分類上は中華麺に当たるそうですが、ひやむぎに透明感を持たせて、コシを強くしたような麺です。

9月末といってもまだまだ暑く、食事のあと汗が止まりませんでした。
相席の男性は、冷しキツネささめんを注文されていました。


その後は散歩

旧市街、玄関の上に


鍾馗さん
鬼も恐れる鍾馗さん。
玄関の上に鎮座して、睨みを効かせています。
邪気が家に入ってくるのを防ぎます。

別のお宅の玄関にも
以前、掲載したときは馗さんと誤記したかも、、、


そうこうしているうちに、空が曇ってきました。予報は夕方から雨。
降られないうちに帰ることにしましょう。

木屋町二条から南側を見た図

角倉了以によって造られた運河、高瀬川です。
角倉了以邸跡の石碑が右下に見えます。画面の右手は日本銀行京都支店
高瀬舟は模型。
今は船が浮かぶほどの水量はなく、カルガモが泳いでいるくらいてす。

木屋町を少し下がった(南下のこと)ところに空地が…

高級料亭幾松があった場所です。

この地にあった吉田屋という料亭に籍をおいていた芸鼓の幾松が店名の由来です。
芸鼓の幾松は後に木戸孝允(桂小五郎)の妻となります。

明治23年、吉田屋の跡地にできたのが料亭幾松。

その後、昭和31年から経営母体が会社組織に代わりましたが、長らく続いた料亭も令和2年の秋に廃業しました。
コロナで資金繰りが悪くなったのが原因とか。

料亭幾松の南館は有形文化財でしたが、所有者負担となる建物の維持費が捻出できず取り壊されました。

幾松の在りし日の姿は、ググればたくさんヒットしますので、そちらでご確認ください。